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「……でも、ま、憧れだもんね。好きとかそういうんじゃないんだよね」
「うん……?」
憧れと好きの違いがよくわからなかったため、旭は曖昧にうなずいた。
「これからもそいつと会ったりすんの?」
「会う、けど」
会うというかいま会っているのだが。
「あの、鳥谷くん――」
「いいじゃん、そんな奴と会わなくったって」
斬りつけるような口調だった。
「そいつ、茅野ちゃんのこと嫌ってたんだろ。やな奴じゃん。友達になったって絶対上手くいきっこないって」
「そ、そんなことないよ。すごく優しい人だよ」
思わず庇うと、龍生の顔に苛立ちが走った。
仲良くなれるように祈ったと言っていたのに、なぜ上手くいきっこないなどと言うのか。旭には龍生の考えがまったくわからなかった。
「俺にはそうは思えないけどな。そいつ絶対性格悪いよ。きっとまた傷つけられると思う。やめときなよ」
「ち、違うよ。鳥谷くん、誤解してる」
「誤解じゃない。茅野ちゃんがわかってないだけだよ」
きつい口調に肩を縮めると、龍生は気まずげな顔で視線を逸らした。
「……ごめん」
旭に背を向けて夜道を歩き出す。旭は慌てて龍生を追った。
「あ、あの、鳥谷くん」
声をかけても返事はかえってこない。龍生が大股に歩いていくため、旭は小走りで後をついていかなくてはならなかった。
龍生の背中は旭を拒絶している。触れるな、近寄るなと言っている。つい足が止まりそうになるが、旭だってずっと龍生を拒絶し続けてきたのだ。それなのに龍生は友達になると言ってくれた。
クリスマスイブの夜を思い出す。あのとき龍生がどれほど勇気を振り絞って旭の前に現れたのか、いまになってわかる。
人から拒絶されるのがどれほど勇気を萎えさせるものなのか、よく知っていたはずなのに。
「鳥谷くん……!」
手を伸ばして龍生のジャケットの袖を握りしめると、龍生はびっくりした顔で振り返った。
「と、鳥谷くんだから」
「え、なにが?」
「あの、鳥谷くんなんだ。お、おれの憧れてる人」
旭はどうにか言葉を舌先から押し出した。
口にした途端、かあっと頬が熱くなった。心臓が慌ただしく脈を打ち始めるのが胸に手を当てなくてもわかる。憧れている人に憧れていると正直に打ち明けただけだ。恥ずかしがることなどなにもないはずなのに。
どうしてこんなにも居たたまれない気持ちに襲われるんだろう。
「……え?」
龍生はなにを言われたのかわからない、という顔だ。
「おれの憧れてる人、と、鳥谷くんだから……。だから、大丈夫。心配させてごめんね」
重ねて言うと、
「ああ、そうなんだ……」
龍生は呆けたように呟いた。それきり黙りこんでしまう。
怒っているのか、呆れているのか。龍生の表情からは感情が読み取れない。旭はどうしていいのかわからず、龍生の顔をただ見つめていた。
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