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八、儀式
「皆集まったかあ。」
青年がヤエ、オト、それから少女と2人の少年の若者に声を掛けた。
「おめえらも、もう年頃だからな。これから男と女の決め事ってのを教えてやる。小僧らは昨日聞いたな。」
少年2人がこくりと頷く。一人は目を爛々とさせ、もう一人は少し俯いていた。
「じゃあ、俺が見せてやるから、見とけよ。」
そう言うと、青年は少女を手招きして近くに来させ、突然歌い出した。言葉も何もない、だがどこか懐かしく、聞いた事のあるかもしれない節。そうだ、これは毎年祭りの日に村の外れから聞こえてきた歌だ。毎年必ず聞くので、ヤエはそれが一体何であるかを疑問に思った事もなかったのである。
「さ、真似してみろ。」
少女は調子の外れた、それでもって透き通った綺麗な声を響かせた。村一番の美声とも言われるオトに匹敵するほどの歌声。
「お互いの声を聴いていいと思ったらそれで終いだ。後はそこの奴らに任せればいい。」
ヤエとオトに向けて青年は少年達を指さして言った。
「さ、俺はこいつと話があるからな。後はお前らの好きにしろ。」
その言葉を残し、青年は少女を連れてさらに林の奥へと進んでいった。やがてその姿が闇に溶けて消えていった後、一人の少年がオトをおい、と呼んだ。
「おれが歌ってやるから、お前も、な。」
自信満々にすう、と息を吸うもののその腹から出た声はお世辞にも良い、とは言い難いものだった。節も青年のものとは違い、声の強弱もない。だが本人はその声を酷いとは微塵も思っておらず、楽しそうである。やがて歌い終わると、オトはさらに綺麗な声で歌った。節もヤエの聞き慣れているものだ。先ほどの声とは比べ物にならない。
「おめえの歌はめちゃめちゃだあ。こんなんについてけねえや。」
そう言われた少年は表情が一転し、まるで奈落の底に落とされたような鹿のように、
「そ、そんな事言わねえで…。」
と請うたが、オトは呆れた様子で
「おれ、あの兄さんにゆうてやる。」
と走って青年と同じ方向に消えていった。残されたヤエはただ呆然と立ち尽くしていた。
「あ、あのう。」
先ほど俯いていた少年がヤエに声を掛けた。
「お、おれが歌ってみても、いいか…。」
今にも消えそうな声で、自信なさげに呟くように話す。
「さっきの奴の真似をすりゃいいんだろ。まあ、やってみい。」
少し間が空いて、少年が細々と歌い出した。だが聞こえない。節どころか声も分からない。上手い下手以前の問題だ。歌い終わると、
「つ、次どうぞ。」
とこれまた小さい声。早くこの場を立ち去りたかったヤエは、適当にそれらしい節をまねて自分の番を終わらせた。
「そっちに行きゃいいのか。」
とオトと同じ方向に向かう。少年がヤエを止めようと、後を追う。
夜の林は当然ながら真っ暗で、目を凝らせども凝らせども何も視界に入らない。危険を承知で入ったものの、ここに向かえば何かあると思っていた。だが奥に行けば行くほどどんどん村から遠ざかる。急に恐ろしくなったヤエは来た道を戻ろうとしたが、彼女の耳はある音を拾った。青年が近くにいるかもしれない、そう思いさらに耳を澄ませばそれが人の声らしい事が分かった。だがそれが何か叫んでいるような、少なくとも普段の生活で聞く声でないとヤエは、声のする方へ急ぐ。誰かが獣に襲われているかもしれないと思いながら。
だが足を進めていくにつれて、この声も歌同様、ヤエには聞き覚えがあった事を思い出した。それはまだ幼い時分、ふと目が覚めた真夜中、隣で聞こえた女の叫び声と苦しそうな呼吸。そしてその上で動く男の影。それらはいくら待てども治まる事はなく、むしろ激しさを増していったように思う。何が起きているのかさえ分からない彼女は、未知の事象に背を向け、ただ目を瞑って再び眠りに落ちるのを待つしかなかった。同じ事が起こっているのだろうか。あの日の恐怖を思い出し、ヤエは思わず立ちすくんでしまった。しかし進めば長年の謎が明らかになる。そう自分を奮い立たせ、一歩踏み出そうとした瞬間、誰かが彼女の肩に手を置いた。
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