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十、私の妻に
男と女。身体が違う事はヤエにとっては物心ついた時からあたり前の事であり、何も不思議に思う事はなかった。また男女の間で子が育まれる事もそうだった。だがタツのその言葉で見過ごしてきた謎がすとんと腑に落ちた。そうか、だからつくりが違うのか、と。
「それで、あんな声が出るのか。」
恐る恐るヤエが聞くと、
「いい、と大人達は皆言うんだ。」
と、彼は彼女の耳元で声を潜めるように囁く。押し殺したような吐息が耳に掛かってこそばゆい。それでも彼女は未だ動けないままだ。
「なあ、そろそろ離してくれ。皆の元に戻らなきゃいけねえんだ。」
「そうか。」
そう言うと、タツは一つ大きなため息をついて腕に一際ぎゅっと力を入れ、ヤエの身体を抱きしめるとようやく解放した。
「タツ、お前、自分の村に戻らなくていいのか。」
さっさと起き上がり、自身の身体に付いた土やらをぱんぱんと払いながら言うヤエを少し不満そうに見ながら、
「もう戻るさ、親父にどやされるわけにはいかんからな。」
と答えた。
村への帰り道を教えてもらったヤエは道中獣に怯えつつも急ぎ、ようやく焚火や松明やらの明かりが木々の間から見えてきた。だが森に入る前には聞こえていた人々の声が聞こえない。村に何かあったのだろうか。万一の事を考え、物音を潜めて抜けると、目の前に村人という村人が皆地面に頭をつけ、跪いていた。彼らの前には一人の男が立っていた。男と言ってもいつものコメやら作物を奪っていく不摂生な役人とはまるで違い、若く長身で、華美な衣装を纏っていたので、青年という方が正しいだろう。隣には一人の少女が立っていたが、遠目ではあるものの、体つき、衣を見ると高い身分の出ではないようだった。
だがヤエは目に入ったその少女にある違和感を覚えた。よくよく見るとあの出で立ち、肩で切り揃えられた髪、そして大きく開かれた瞳は間違いなくオト、彼女そのものである。いつ戻っていたのか。あの少年とはどうなったのか。聞きたい事は山ほどあったがこの状況に頭が追い付かない。
「オト。」
思わず口にしたその名前に人々は一斉に反応し、視線はヤエに集中した。
「ヤエ、戻っていたのかい。さっきこのお方が、」
驚いたオトの母親がヤエに声を掛けたその時だった。
「この先は、是非私にお話させて頂きたい。」
低く、だが綺麗に響く声がヤエの耳に入った。目を向けるとあの青年と目が合った。細められたその眼には一切の曇りがなく、まるで彼女の全てを見通しているかのようだった。あまりにも濁りのない、年不相応なそれは、ヤエには少しだけ不気味に見えた。
「君がヤエだね。オトから話は聞いたよ。」
口の軽い彼女が一体何を話したのか、ヤエは今すぐ問い詰めたい気分であったが、この状況ではそう簡単に口にできるものではない。
「君を待っていたんだ。一度は話しておかなくてはいけないからね。」
そんな彼女の心の内を知らずに、青年は話を続け、やがて一息つくと、ヤエにこう告げた。
「彼女を、オトを、私の妻にしたいんだ。」
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