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十二、役人
オトが嫁いでからというもの、ヤエは以前のような元気をなくしていた。勿論、作物を育てていかなくては食う物にも困るため、毎日村人達と共に畑や田に向かっていたものの、気力は前とは比べ物にならないほど落ちている。この日も重い体を無理やり動かし、せっせと稲の収穫に動き回っていた。
「ヤエ姉ちゃんっ」
リュウがたたたっと駆け寄ってきたが、その表情はどこか怒っているように見えた。
「どうせオト姉ちゃんが遠くに行っちゃったから落ち込んでるんだろ。」
ヤエはうっと言葉に詰まった。まさか自分よりずっと年下の弟に本心を見抜かれるとは思っていなかったのだ。
「オト姉ちゃんならきっといい食いもん食べて元気にしてるさ。だからお前もしゃきっとしろよ。」
「お前とはなんだっ。」
ヤエはリュウの頭に一つ拳骨をごつんと落とし、はあとため息をついた。
「おれは何ともない。だからお前も仕事に戻れよ。」
「姉ちゃんもお前って言ってるじゃないかっ。」
「おれはいいんだ。」
「ずるいっ。」
「リュウ、姉ちゃん。いい加減にしな。またおとっちゃんが怒鳴りに来るよっ。」
少女の大きな声が彼らの背後から聞こえた。振り返るとササが腰に手を当て、眉間にしわを寄せてヤエとリュウを睨んでいる。ヤエは内心、小さな身体からよくそんな声が出るものだと感心したが、口には出さないでおいた。とにかく、彼女の堪忍袋の緒が切れたら後が少々厄介になるので、ヤエとリュウはお互い顔を見合わせて頷き、おとなしく畑仕事に戻ることにした。
(それにしても、今年は稲が少ないな)
ヤエは稲を刈り取りながら、初夏に聞いた長老とヤマトの会話を思い出した。毎年手にするあの重みが感じられず、稲自体もやせ細っている。やはりあの占い通り、今年の冬は多くの人が飢えてしまうのだろうか。
その時だった。
「おおい、お前ら、お役人さまが来たぞお、早く来いっ」
遠くでヤマトがヤエ達三人を呼び、村の中心に向かうよう促した。
既に大勢の村人が集まっており、先頭に立つ長老は秋だというのに、顔を青ざめて身体を震わせていた。そしてその隣にはヤエの父親からコメを取り上げたあの男が大股で立ち、人々をじろじろと見下ろしていた。
「今年もコメを納められるんだろうなあ、なあ長老様。」
にやにやしながら長老の方を向き、背をどんどんと力強く叩く。ずっと震えていた長老だったが、やがて意を決したようにこう言った。
「お役人様、お願い致します。今年は稲の収穫が芳しくありません。どうか納めるコメを少なくしていただけないでしょうか。」
それを聞いた男はかっと顔を赤くし、目をぎょろりとさせたかと思うと長老の腹をどすっと蹴り上げた。がっと唸り声を上げた長老はがくがくと身体をまた震わせたかと思うとその場に座り込んでしまった。
「長老様っ」
周りにいた若い男衆が駆け寄って声を掛け、蹴られた腹をさすったりしたが、そんな事はお構いなしに男は言葉を続ける。
「わしも随分舐められたもんだな。獣同然のお前らがわしに物を言う事など許されないのだ。」
大声で怒鳴りつけていた男だが、ふと真顔に戻って少し考え、やがてにやりと口元を歪ませた。
「ほう、納める稲は減らしてやろう。だが罪深きごく潰しは、わしからの有難い罰を受けねばならん。」
そして男はこう叫んだ。
「次の春までに、この村から一人、娘を売れ。」
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