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一、出逢い
夜明け前、空は赤と藍で染められ、幻想的な風景を醸し出していた。その下で、ザッザッと草履が土を擦る音がある村に響いた。そこに住む少女ヤエは目を覚ました。
(ああ、またおっかない奴らが来たんだ。おれ達の食い物を取りに)
そう思うだけで彼女の心にずんと重い石がのしかかったようだった。思わず心臓の辺りをぎゅっと握りしめる。酒に入り浸った父に殴られるよりもヤエにとってそれは辛い時間だったのである。
「外へ出ろ!」
藁の隙間を縫って響いたその声を合図に、父、母、弟妹が飛び起きた。と同時に母はてきぱきと起きたばかりとは思えない速さで少しばかりの稲を集め、全員でそろそろと外に出る。自分だけ出ないでいるわけにもいかない。仕方なくヤエも彼らに続いて外に出る。
声の正体は都からの里長、今でいうところの役人だった。鮮やかな緋色の衣を身に纏ってはいるが、その華やかさとは裏腹に右手には鞭を携えていた。里長の元には既に何人かの村人が集まり、稲を抱えたまま地べたに頭をつけて「どうかお許しを…」と何やら懇願している。母から稲を受け取った父も彼らの元へ駆け寄り、同じようにひれ伏し、
「俺たちにはもう、食い物がこれだけしか残っていないんです、どうか今日だけはゆるしてもらえないでしょうか…。」
そう言い終わらない内に里長は無言で右手を振り上げ、父の身体にその鞭を下した。ぎゃあと父の声が響いたその隙に彼は一瞬緩んだ腕から稲を取り上げ、他の村人をじろりとにらみ付ける。母、弟妹、そしてヤエは蹲って唸る父の元へ駆け寄り、鞭で打たれた箇所をさすった。それしか彼らに出来る事はなかった。村人達は互いに顔を見合わせ、やがて誰からともなく抱えていた稲を男に次々と差し出した。
稲を集め終え、男が去ると彼らは父を見やりながらも、俯きがちになって自分の住処へと戻っていく。
(あのおっかない奴らはおれ達のコメを食べるんだろうか。なんでおれ達は苦しいんだろうか、腹を空かせたままなんだろうか。)
少女はこの瞬間が嫌いだった。きっとこれは間違っているのだと、自分達が腹を空かせたままであるのはおかしいのだと彼女がいくら思っても、現実は残酷だった。里長が残り少ない稲を取り立てて大股で去っていくのを見届けるしかない自分が、ただただ虚しくて仕方がなかったのである。幼い頃から見慣れた光景であれど、思う事はいつも同じだった。
(俺がおっ母になってもこうやってコメを取られて、赤んぼを腹いっぱいにさせてやれないんだろう。それならなんで俺たちは毎日畑を耕して、コメを作っているんだ。)
しかし時は既に朝を迎えていた。日は蹲り泣く彼らを残酷にきらきらと照らす。ずっと泣いても腹が減るだけなので、自分たちの家へ戻るほかなかった。今日の朝飯は抜きだろう、と少女は思った。
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