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ある夜の事だった。その日は村中が大騒ぎしていた。というのも、ヤエの妹ササが山に山菜を取りに行ったきり戻らないためであった。村一番屈強な男が山に入るが、心配で仕方がなかった彼女もこっそりその後に続き山に入った。早く妹を連れ戻さねば、そう思いながらササが入れそうな小さな隙間を探し、名を呼びながらただひたすら駆け巡った。
どれくらいの時間が経っただろうか、ふと洞穴を見つけた彼女は、まさかと思いながらも恐る恐る覗いた。「あ」と声を上げた。果たして其処にはササと見知らぬ少年がいるではないか。ヤエは我が眼を疑った。何故此処に妹が居るのか、そしてこの少年は誰なのか、疑問が彼女の脳内を埋め尽くした。見たことのない顔ぶれであるため、自分の住む村の住人ではない事は確かだ。穴の中が暗くてよく見えないが、こちらに危害を向けている様子ではないようである。
「探したぞ、ササッ。どこに行ってた。村中大騒ぎなんだぞ。帰ったら殴られるのは俺なんだ。」
ヤエはついかっとなって大声をあげた。妹は体をぶるっと震わせ少年の腕にしがみついた。
「怒らないでやってくれねえか。こいつぁ迷っていたんだ。兎を見つけてつい奥まできちまったもんで、なぁ。」
少年はそう言って隣の少女を見やった。ササはしがみついたままこくりと頷いた。少年は続けた。
「見ない顔だ。ひょっとして、隣村のもんか、お前。」
「とすると、お前も隣村のもんか。」
少女と少年は互いに顔を見合わせた。ヤエの村にとっての隣村とはあの里長への恨みすらも勝る、正に目の敵と言っても差し支えないものである。そのため彼女の村では「隣村の奴を見たら敵と思え」が暗黙の了解となっていたのだ。しかし少女の目には少年が悪意や何やらを持っているようには到底見えなかった。
「まあ、お前のおっ父に一緒に謝ってやるから、お前も殴られるこたぁねえだろ。」
「いや、いい。」
少女はきっぱりと断った。どうやらこの少年は自分の村で伝えられている事を知らないようである。この少年を自分の村へ連れて帰った日には父に殴り倒されるどころか、村中から後ろ指を死ぬまで指される事になるだろう。ヤエは思わず身震いをした。村で生きる者にとってはそれはどんな事よりも耐え難いものなのだ。
「さ、帰るぞ。」
妹の手を引きヤエは洞穴から出ようとしたものの、やはり心残りなのでくるりと少年の方を振り返り、
「ありがとう」
とだけぼそりと呟いた。少年の表情はやはりよく見えなかった。
その後、山から戻ったヤエとササは母に散々怒鳴られ、父にはやはりごつりとやられたものの、少年を連れてくるよりは幾分かましだと思えたので、じんじんする頭を押さえながらどこか心の中で安堵していた。
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