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七、祭り
ヤエ達の村に、祭りの日が訪れた。日は既に沈みかけており、人々はせわしなく小道具や料理を運んでいた。村の中心には既に焚火の薪が高く積み上げられ、子供達はそれが赤く、激しく燃え上がるのを今か今かと期待を含んだ目でじっと眺めていた。その周辺には白米に干し肉、昨年に貯めていたであろう栗などの木の実が、器に普段よりも幾分か多く盛られている。それだけでなく、神を祀る神殿には酒が既に備えられていた。酒に目がない自分の父が、この供え物に何故決して手を出さないのか、ヤエは料理を運びながら不思議に思うのである。
「さあ、ヤエ。もうあんたも座りなさいな。後は任せな。」
オトの母親がヤエの抱えていた壺をひょいと取り上げ、にこっと笑いかけた。日に焼けた肌に白い歯が見えた。こういうところは親子なのだなとヤエは思った。
「オトのおっ母じゃねえか。おれはまだまだできるさ。だから…。」
「いいからいいから。」
そう言って彼女はヤエの肩を軽く押し、その場に座らせた。
「なんたって、今日はお前たちにとって一番の楽しみだろ?」
「楽しみ…ああ、あれか。」
「今の内にしっかりと休んでおくんだよ。」
かっかっかと笑ってその場を後にする。ヤエには彼女の言葉が意味するものを知らなかったが、公の場では口にできない事を言いたかったのだと瞬時に理解した。
「本当に、お節介焼きだなあ…。」
「山の神様、川の神様、我々への恵み、心から感謝致します。今日も、これからも、毎日休まず、怠らず、精一杯励む事を、ここに誓います…。」
長老の静かな声が響く。いつかの寄合の時とは全く違う声色である。村人は皆手を組み、目を瞑り、まじないの言葉をぶつぶつと呟く。夜の帳は既に降り、今彼らを照らすのは高く高く燃えている炎のみである。時折ぱちっぱきっと薪の割れる音がするが、適度な雑音は村人達をどこか安心させていた。
「さて、今宵は祭りじゃ。若人よ、神様が見守って下さっているんだ。好きに歌を送り合うが良い。」
長老がその言葉で締めくくり、ヤエ達若者を除いて皆思い思いに食事やら酒やらに手をつけ始めた。
一方その頃、ヤエ、オト達は少し年上であろう青年の後を歩いていた。青年が行く先には、彼らが「入ってはいけない」と物心つく前から教えられてきた林がある。これから自分の知らない世界があるのだろう、とヤエは不安を覚えた。
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