未来に届け

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 ***  道徳の授業で書く作文としては、ありふれたテーマであったことだろう。私からあなたへ、というタイトルで、未来の自分に向けたメッセージを書く。十年後に開けることを想定して、ボックスの中に十年後の自分へのお手紙を大切に閉まっておきましょうね、というのだ。  ついほんの少し前に、私は十歳になった。十年後の私は丁度二十歳、大人になっている筈である。お巡りさんになるためには確か、特別な学校に入らなければいけなかったはずだ。二十歳、大学生相当の年齢になっているはずの私は、そんなお巡りさんになるための学校で頑張っている最中だろうか。それとも、別の夢を選んで、歩き始めているところだろうか。  作文は正直、あんまり得意ではなかった。四〇〇字詰め原稿用紙を、一枚以上埋めなさいと言われているのに――序盤数行書いたところで完全に手が止まってしまっている。“未来の私は、その夢をかなえているでしょうか”――それ以上先がどんなに頭をトントン叩いても出てこないのだ。 ――莉玖(りく)ちゃんなら、こういうのきっとスラスラ書けるんだろうな  私はちらり、と廊下側一番後ろの席に座っている友達を見た。野坂莉玖(のさかりく)ちゃんは、私は一番仲良しの友人だ。今日、このまま作文が書き終わらなければ、来週の道徳の授業の日までの宿題ということになってしまう。できれば、さっさと終わらせて遊びたい。この様子だと私はどうせ書き終わらないし、放課後に莉玖ちゃんにアドバイスをしてもらおうかな。そう思っていた私は、目を丸くすることになる。  国語のテストではいつも百点満点で、作文はいつも先生に褒められている莉玖ちゃんの手が、完全に止まっているのだ。  彼女はじっと原稿用紙に目を落としたまま、タイトルと名前だけ書いて固まってしまっている。一切動き出さない鉛筆に、どこか思いつめたような顔。いつも明るく元気で、男の子みたいに木の上までさくさく上ってボールを取りに行ってしまうような莉玖ちゃんがどうしてそんなに暗い顔をしているのだろう。  確かに、最近は少しばかり覇気がないなとは感じていたけれど。 ――あ……。  そこで、私は莉玖ちゃんの身に起きているある出来事を思い出した。  今日の作文のテーマ。その出来事。ひょっとして、莉玖ちゃんは。 ――よし。  暫く考えたところで、私は筆箱をさっさとしまった。どうせこれ以上作文は進まないし、と早々に諦めたのである。  そんなことより今は、友達のため考えるべきことがあるはずなのだ、と。
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