《1》お届け物をするだけの簡単なお仕事のはずが

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 どうしましょう。急に怖くなってきました。  じりじりと歩み寄ってくる男たちが、私を囲む円の直径を徐々に狭めてきます。  ……ハッ、そうだ!  これ、私が使えばいいのではないでしょうか! 筋肉ムキムキになるお薬、使えばきっとこの窮地を抜け出せるはず!!  本末転倒にもほどがあるだろ、という胸中の叫びを、なぜ私は無視してしまったのでしょうか。届けるべき薬を自ら使用するとは、このときの私は相当に動揺していたものと思われます。  かごの中に手を伸ばし、薬瓶を手に握ります。貴族の女性が用いる香水の瓶によく似た、小さくも可憐な装飾が施された硝子瓶。うん、外観からしてもそれが妙齢のオジサマがお使いになる筋肉増強剤の類ではなさそうだと、もっと早く気づくべきでした。  ゴロツキたちは目を瞠り、私を取り囲んだまま、困惑気味に私と小瓶を交互に見つめています。  蓋を開け、腰に手を当て、一気飲みしようとそれを口元へ運びかけた――そのときでした。 「まっ、待ちなさいこのお馬鹿ーーー!!」  突如後方から聞こえてきた悲鳴じみた声に、びくりと身体が震えました。同時に、私を取り囲むゴロツキたちも、全員びくりと身体を震わせています。  ははん、さてはこのゴロツキたち、大して場慣れしてないな。そんな気がします。いや、でも正直今はそれどころじゃない。 「お、お師匠さま! なんでこんなところにっ!?」 「いいからそれを開けるんじゃない! 今すぐ蓋を閉めなさい、カノ!!」  振り返った先には、なんと血相を変えたお師匠さまの姿がありました。  よれよれの白衣、あごを覆う無精ひげ、微妙にズレた丸眼鏡、グシャグシャの黒髪とふざけた角度についた寝癖。紛うことなき私のお師匠さまです。こんなアレなビジュアルの人間、見間違えるわけがありません。  しかし、動揺に満ち溢れた態度だけが、普段のそれとは大きく異なっていました。  日頃の冷静沈着なさまが皆無です。大声を張り上げるお師匠さまを久々に目にしました。ビックリです。  しかも蓋が開いていると分かっていて、どうしてお師匠さまは私に体当たりを決めようと思ったんでしょうか。その点から鑑みるに、お師匠さまも相当に混乱していたのかもしれませんね。 「っ、きゃああっ!!」  どん、と身体がぶつかった衝撃で、私は小瓶を手放してしまいました。  それはくるくると弧を描いて上空を舞って……そして。  びしゃ。  中の液体がお師匠さまの寝癖頭を直撃した瞬間を、私はしかとこの目に焼きつけていました。 「……」 「……」 「……」  エッ、ゴロツキさん方まで黙ってどうするんですか。  というツッコミは、ついに声になることはありませんでした。
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