解放

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 スマホ、と思ってコートのポケットをまさぐると、丸くて固いなにかに触れる。取り出してみる。コンパクトミラーだった。  ……すっかり忘れていた。  そっと開いてみる。そこには、コーヒーカップを持つわたしが映っていたが、コーヒーは口からカップの中に戻っていく。  やっぱり行動が逆再生される鏡なんだ。ぜんぜんリアリティがないけど、実際この目で見ているのだから信じざるをえない。  ぼんやりと見ていると、場面がどんどん移り変わっていく。  鏡はずっとポケットの中で閉じられていたはずなのに。  ついには鏡を拾う前、仕事中のわたしの姿が見えてきた。  契約書を突き返されて泣きそうになっているシーン。  不安げに相手を見つめるシーン。  ふらふらと落ち着きなく商品説明をするシーン。  引きつった笑顔で商品パンフレットを渡すシーン。  こんな顔、してたんだ。そりゃあ売れないわけだ。わたしだってこんなに暗くて自信がなさそうな人から物を買いたくはない。  ……どうしてこうなっちゃったんだろう。  ため息が出た。  わたしはもっと自信満々で、無敵だったはずなのに。
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