13人が本棚に入れています
本棚に追加
「お待たせ」
声が聞こえ、わたしはすばやく鏡を閉じてテーブルの角に置いた。
「なにそれ。Wi-Fi?」
ヒナコが鏡を指さす。一瞬意味がわからなかったが、すぐに思い至った。
そうだった、この子はそういう見方しかできない子だった。教養がないから知らないんだ。
「違うよ。青海波っていう日本の模様」
ふうん、と興味なさげに座り、スマホをながめ始めた。
ヒナコが「もうこんな時間」と言いながら、深いため息をつく。あからさまなアピール。ほんとうは聞いてあげたくなんかなかったけれど、言ってあげた。
「どうしたの?」
「夕飯の支度しに帰らないとと思って」
やだなーと頭を抱えるヒナコ。よくわかんないけど無性に腹が立った。
「でもさ」
そのあとの言葉を言うかどうか迷った。だけど、言ってしまいたいと思った。絶対に言わない方がいいとわかっている。でも、ヒナコを傷つけてやりたかった。
「結婚して子供を産んだのはヒナコちゃんだよ。自分で選んだんだよ」
顔を上げたヒナコは、案の定険しい表情をしていた。
「そうだよ? だからなに? 少しの愚痴も言っちゃいけないってこと? じゃあ言わせてもらうけど、あずさちゃんだって一緒だよ? 院に行ったのも、今の会社に入ったのも、ぜんぶぜんぶ、あずさちゃんが選んだことなんだよ。自分で選んだくせに、被害者みたいな顔して。馬鹿みたい」
傷ついた。さっき、言わない方がいいって思ったのだからそのままやめておけばよかった。後悔した。
でも今更引っ込みがつかない。
「うるさいな! わたしはそこまで言ってないでしょ!」
「わかった。自分が恵まれてないからって、幸せそうなあたしに嫉妬してるんでしょ?」
ヒナコはうすら笑いを浮かべている。
「そんなこと!」
ない、って言いたかった。でも、完全には否定できなかった。
学生時代はよかった。勉強と運動さえできれば評価してもらえた。無敵だと思っていたし、それがずっと続くと信じていた。
ああ、戻りたい。あの頃に。
最初のコメントを投稿しよう!