解放

17/20
前へ
/20ページ
次へ
「帰る!」  椅子にかけていたコートを乱暴に引きはがして羽織ろうとしたとき。  足元でなにかが割れた音がした。コートがテーブルに当たって、上に載っていた物を落としてしまったみたいだった。 「お客様、お怪我はありませんか?」  店員がほうきとちりとりを持って飛んでくる。  最初は水が入っていたグラスかと思った。でも違った。あのコンパクトミラーが床に落ちて、鏡の破片が散らばっていた。 「あ。ああ、すみません。わたしは大丈夫です」  てきぱきとほうきを動かす店員を呆然と見つめる。  よけいな仕事を増やしてしまった。そんな思いがわいてくる。 「大切なものじゃなかったですか?」  店員がわたしに話しかけてきた。 「形あるものはいつか壊れますから。大丈夫です。新しいものを買えばいいので」  反射的に口から出た言葉。  今まで考えたこともなかったことだったから、自分じゃない誰かが喋ったのではないかと思った。  過去を映す鏡が割れた。新しいものを買う。この場合の「新しいもの」ってなんだろう。  ヒナコと目が合った。さっきまであんなにむかついてたのに、不思議といやな気がしなかった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加