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「帰る!」
椅子にかけていたコートを乱暴に引きはがして羽織ろうとしたとき。
足元でなにかが割れた音がした。コートがテーブルに当たって、上に載っていた物を落としてしまったみたいだった。
「お客様、お怪我はありませんか?」
店員がほうきとちりとりを持って飛んでくる。
最初は水が入っていたグラスかと思った。でも違った。あのコンパクトミラーが床に落ちて、鏡の破片が散らばっていた。
「あ。ああ、すみません。わたしは大丈夫です」
てきぱきとほうきを動かす店員を呆然と見つめる。
よけいな仕事を増やしてしまった。そんな思いがわいてくる。
「大切なものじゃなかったですか?」
店員がわたしに話しかけてきた。
「形あるものはいつか壊れますから。大丈夫です。新しいものを買えばいいので」
反射的に口から出た言葉。
今まで考えたこともなかったことだったから、自分じゃない誰かが喋ったのではないかと思った。
過去を映す鏡が割れた。新しいものを買う。この場合の「新しいもの」ってなんだろう。
ヒナコと目が合った。さっきまであんなにむかついてたのに、不思議といやな気がしなかった。
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