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その日は珍しくわたしが一つ契約を取ってきて、アオキは一つも取れなかった日だった。
帰社するとアオキがデスクでため息をついていたので、ここぞとばかりに話しかけた。
「やあアオキくん。調子はどう?」
「わかってて話しかけてくるなよ。嫌味なやつだな。はいはい、おめでとう」
アオキがそっぽを向いた。
「あらあら。お姉さんが話を聞いてあげようか?」
「……おごってくれるなら」
アオキがじっとりとした目でわたしを見上げる。
「アオキくんの方が給料もらってるじゃん。やだよ」
「けち。慰めてくれたっていいだろ……。いや。ごめん」
「なんで謝るの?」
「俺が笹西のことを慰めたことなんてなかったなと思って」
「……なに、それ」
不意をつかれて言葉が出てこない。アオキが続ける。
「笹西はすごいと思う。結果が出なくても、先輩に怒られても、めげずに毎日出社してくる。笹西は強い。それに努力家だよな」
軽蔑でも羨望でもない、慈愛に満ちたまなざし。二十五年間生きてきて、そんな目で見つめられたことなんてなかった。
「さすがトップセールスマン! 人のことよく見てるねえ」
おちゃらけてみせる。そうしないと、わたしの中のなにかがぐちゃぐちゃになってあふれてしまいそうで。
茶化すなよ。アオキの小さな声が聞こえた。
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