かさぶたが通貨になった王国

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この王国のお金は「かさぶた」だ。肌が擦りむけて血が流れ、何日か経って痒みとともに居座る「かさぶた」を剥がして使う。 ご飯に野菜、お肉はもちろん、着る物も、住む所も買える。大きくて形が丸いかさぶたほど、良いものと交換できる。綺麗に剥がせれば何でも買える。 今、僕は大事に育ててきたかさぶたを剥がしている。この前転んだとき、膝に大きな擦りむき傷ができたので、家族みんなで楽しみに育ててきた。あとは綺麗に剥がすだけで、美味しいものが食べられる。 お父さんとお母さんに見守られながら、端っこから爪を入れて、浮かせるようにかさぶたを体から剥がしていく。皮膚が引っ張られる感じがする。少し痒い、でも、どうか、どうか綺麗に剥がれて…… そのときだった。ビリッと嫌な電気が膝から脳天を駆け抜け、僕の手が震えた。かさぶたはまだ、完全には乾いていなかったんだ。ぐじゅぐじゅした部分でかさぶたはちぎれ、膝には血が滲んでいる。 あぁー……と、みんなのため息。緊張した空気は一気に緩み、僕は真っ黒な気持ちで満たされた。 しかし、途中でちぎれたとはいえ、悪くない。そこそこの大きさのかさぶたではある。何か良いものが買えると思う。 この王国の通貨はかさぶただ。それは良いことなんだ。だって、みんな平等に稼ぐチャンスがある。絶対に食べるに困ることは無い。転んでかさぶたを作れば良いのだから。 かさぶたをどうやって使うのかというと、お店で商品と交換するのが普通だ。例えばスーパーで買い物をするとき、かさぶたを出せば良い。おつりが出るときにちぎられるのが残念ではあるけれど。 でも、かさぶたは壊れやすい消耗品だ。だから、崩れて無くなる前に銀行に持って行かないとパーになる。銀行に行けば、そのかさぶたと同じ価値のものと交換してもらえる。 お店に売っていないものが欲しいときも、銀行へ行けば良い。車や家のように大きな物が欲しいときは、銀行を頼る。 王国には、銀行が1つだけある。銀行といっても、それは城の中にある。城に住んでいる女王様がかさぶたを鑑定し、同じ価値のものを授けてくださる仕組みだ。女王様はどうやら、かさぶたを集めているらしい。 女王様が「かさぶたを通貨とする」と決めたときから、僕たちはせっせと「かさぶた」をこしらえてきた。擦りむいた面積が大きい傷ほどおめでたい。逆に、紙で指先を切ったくらいの怪我は失笑を買う。 少年がかさぶたを剥がすのに失敗したのと同じ頃、《銀行》では事件が起きていた。 《銀行》には、毎日平民がぞろぞろやってきて、女王にかさぶたの鑑定を依頼する。女王はふんわり微笑みながら「ふむ…」とか「ほほう…」とか言って鑑定し、彼女にしか分からない理由をつけて対価の褒美を与える。 《銀行》には、王国中のかさぶたが集まってくる。なぜ女王はかさぶたを集め、報酬を与えるのか。その理由は、誰も知らない。変わった性癖を隠しているのでは、と側近たちの間で噂が立っている。 ある日のこと。埃っぽい平民の少女が《銀行》へやってきた。最底辺の者だということは、遠目に見ても分かる。近づけば臍を曲げたドリアンのような臭いがする。 女王への謁見の順番が回ってきて、少女はびくびくしながら進み出た。 「女王さま、かさぶたを見ていただきますんか?」 敬語もままならない少女だったが、差し出したのは手のひらを隠すほど大きなかさぶただった。 ふんわり笑っていた女王の顔は、氷水を引っ掛けられたように青くなった。半分開いた口から魂が出ていったような表情だ。 そのかさぶたは、少女の顔を覆い隠すほどの大きさだった。しかも、形はとても丸い。ここまでの上物は、王国中のかさぶたを見てきた女王でも初めて見る。 「……これは素晴らしい!あなたが作ったの?こんなに素晴らしいかさぶたは、初めて見たわ!」 魂が戻った女王は、上物を持参した少女を褒めた。女王の頬はみるみる赤くなり、目は太陽のように輝いている。 「良いものをありがとう。ご褒美はうんと弾みましょう。このかさぶたに見合うものは、何かしら…そうだ、あなたとあなたの家族がゆったり暮らせるくらい、大きなお家はどう?」 貧しい少女が大きな家を手に入れた、というゴシップは僕の村にも届いた。なんでも、顔面くらい大きくて丸いかさぶたを女王様に献上したらしい。 これが本当なら大変だ。少女があっぱれなことだけではない。かさぶたなら僕にだって作れる。つまり僕にも、億万長者になれるチャンスがあるんだ。 この王国には、誰もが成功できるチャンスがある。優しい女王様が治める、夢の国なんだ。よその国では貨幣が金属で、自分では作れないと聞いた。そんな国と比べて、この王国はなんて素晴らしいのだろう。 大人も子どもも、少女に続けと意気込んだ。なんせ、かさぶたを作るだけで豪邸が手に入るのだ。顔面サイズのかさぶたは無謀だとしても、掌サイズのかさぶたをいくつか集めれば、チャンスはあるんじゃないか。 いつしか、王国には怪我人しかいなくなった。皆が大きなかさぶたを作ろうとして、命を削ったからだ。ある者は紙やすりで肌を削った。またある者は、自分で自分の肌を噛みちぎった。殴る蹴るのケンカも起きた。 中には、加減を誤って重傷に至る者もいた。だが治療費を支払うためにはかさぶたが必要で、新たなかさぶたを作らなければならなかった。ケンカは止まらない。健康な平民などどこにもいない。 傷を負った平民たちの様子を見下ろし、にこにこしている者が一人だけいる。女王だ。 「謀反が起こらない、安心して暮らせる平和な国が作れたわ」 微笑む女王の肌は、傷跡ひとつ無く真っ白だった。
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