*秘密書庫

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「その本がどうかしたのか?」 コタローが訝しげにひょいと後ろから覗き込む。 ノンは文面から目を離さないまま低い声で言った。 「……コタローはいつからここが『新都』って呼ばれるようになったか知ってるわよね」 「いつからって、678年前に初代官僚たちが街を作り上げてからなんだろ?」 「この年号を見て。『新都』とされた年が記されてる」 見てと言われても、ノンの指差す文字を読み取ることはできない。 目で問うと潜めた声が先を話した。 「ざっと計算すると改名されたのは今から562年前。おかしいと思わない?新都創立の年から百年近いずれがあるのよ」 「んん?」 「しかも改名ってことは、この場所には新都の元になる都があったって考えるのが妥当じゃないかしら」 犬ロボを一匹抱え上げたクルハがコタローの隣で首を捻った。 「もしかして初代官僚はその都を乗っ取る形で新都に塗り替えた、とか?」 書庫内がシンと静まり返る。 コタローはやっと内容を飲み込むとまさかと首を振った。 「いやいや、いくら何でもそれじゃ英雄どころかただの略奪者じゃねえか」 「……その可能性は十分にあるわ」 ノンが訳せたのは『先住民』と『移民』、そして『殲滅』と……『砂漠の民』。 コタローは思わずノンの手の上から強制的に本を閉じた。 「ただの憶測だろ?とりあえず今はもう片付けて出よう」 「……そうね」 コタローは明らかに動揺していた。 官僚たちに裏の事情があることは薄々分かっていたし、歴史上の事実もちゃんと知りたいと思っていた。 それでも、どこかで己の身に流れる血統は正しいと信じ、根底から揺るがされる可能性など考えもしなかったのだ。 ノンは無事に施設の外まで出ると、すっかり黙り込んでしまったコタローの背中にそっと声をかけた。 「コタロー、どうする?もうこれ以上調べるのやめる?」 クルハも頭の上で腕を組みながら付け足す。 「真実は知らない方がいいから伏せられているってね。ま、めんどーだし?」 コタローは腰に手を添え空に昇る半月を見上げていたが、やがてゆっくり新鮮な空気を吸うと二人に向き直った。 「いや、引き続き調べよう。いずれ誰かに暴かれるくらいなら自分で知る方がいい」 決意の言葉とは裏腹にその顔は暗い。 ノンは小さな拳を作るとコタローの逞しい胸板にドンと当てた。 「……分かった。でもいちいち落ち込まないように心構えはしておいてよね。言っとくけど私たちだって立場は同じなんだから」 ノンを見下ろすコタローの目がふっと和らぐ。 「つくづく頼もしい相棒だよ、お前は」 コタローはノンの頭をポンポンとたたき、複雑な思いのままもう一度月を見上げた。
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