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一歩ずつ慎重に足を運ぶ。
なにせここは砂の中だという。
廊下の先にどんな未知なる空間が広がっていてもおかしくはないのだ。
緊張に背中がピリピリしたが、踏み入れた部屋はどこの家庭でも見るごく一般的なリビングだった。
セオの姿はない。
「なんだ、全然普通だ」
リョウは肩から力を抜くとキッチンのそばにある棚からこっそり手をつけ始めた。
探しているのはセオの身分証や個人情報の記された書類だ。
とにかく相手を知らぬことには作戦の立てようもない。
貴重なものを嗅ぎ分ける嗅覚には自信があったが、おかしなことに、いくら探し回ってもセオに関する情報はハガキひとつ出てこなかった。
食器棚の下にまで手を伸ばしていると、部屋の外から声が聞こえてきた。
「まずっ」
棚の影にしゃがみ息を殺す。
だがしばらく待つも誰かがリビングに入ってくる様子はない。
「……何だろう。セオが誰かと話してるのかな」
リョウは立ち上がると声の出所を探った。
自分が出てきた廊下とは反対側に伸びている通路があった。
通路の壁には左右に幾つか扉があり、くぐもった声は一番奥から聞こえてくる。
接近を試みると、今度ははっきりとセオの声がした。
「だから、怪我さえ治れば多少強引にでも追い出すさ。新都に放り込めばあとは勝手にやるだろ」
自分のことだ。
リョウは一度止まった足をそろりと動かし、扉までの距離を一気に詰めて取っ手を握った。
音もなく少しだけ開く。
視界を捩じ込んだ先には、それこそ見たことのない異様な空間が広がっていた。
床を含め全面がガラス張りで、その向こう側は全てが砂砂砂。
しかもその砂はゆっくりと流れるように動いている。
部屋の中央にはガラスのテーブルがあり、天板に乗るのもこれまたガラスで作られたドールハウスだ。
セオは長椅子に腰を下ろし、ドールハウスの中で点滅する赤い光に向かって一人でぶつくさと話しかけていた。
リョウは怪しげな光景に息を飲み、そっと足を引いた。
今日はこの辺が潮時だろうとセオの部屋まで引き返す。
無事にいつものベッドに転がり直すと、天井を見つめながら難しい顔で腕を組んだ。
「あれは何だったんだろう。弱みというか、変な趣味を見てしまったのかな?」
それとも少々癖の強い通信機でも使っているのだろうか。
何にしてもセオにはやはり何かの秘密がありそうだ。
リョウは瞼を閉じ、その裏側でどうやってセオを攻略すべきかと冷静に考え続けていた。
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