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「これで分かっただろう。チケットは君に預ける」
私にチケットを渡す男。
その左足には大きな赤い染みがズボンから滲み出ている。
「後は君次第さ」
男はそのままふらふらと何処かへ消えるように立ち去っていった。
謎の男との不可思議なやり取りをして丸三日。
私はチケットを使わないでいた。
尻込みをしていたわけではなく、単に怪我や病気で困っている人と話す機会がなかった。
苦しい、助けてと通りすがりに助けを求める人材なんてそう簡単に見つからない。
通学している学校の連中に困っている者はいないかと聞いてみる?
いや、無理だ。
交遊関係が希薄な私には話を聞いてくれる友人なんていない。
そもそも同年代集う学校の雰囲気が嫌いで今日もサボって河原で一日を浪費しているのだ。
「やけ起こすにもコミュニケーションがいるなんてね……」
夕日でオレンジ色に染まる河原。
夜に近づき視界も狭まっているというのに、そこでは中学生くらいの男の子たちが夢中でサッカーの試合をしている。
無我夢中でボールを追う少年たちはお互い声を掛け合い青春真っ只中という感じで私の気力を削ぐ。
「「はあ……」」
なぜかため息が二重に聞こえた。
ぎょっとして周りを見ると、男の子が一人私と同じように膝を抱え河原に佇んでいた。
年齢からして中学生くらいか、よく見るとサッカーをしている少年たちと同じデザインのジャージだ。
ため息が重なったのに気づいたらしい。向こうも気まずそうに俯く。
どこか内気そうな子に見えたせいか、私は抵抗なく声をかけることに成功する。
「どうかしたの?」
「え……」
「落ち込んでなきゃため息なんて出ないから」
「…………」
いきなり声をかけられ戸惑っていた少年だが話をしてくれた。
「骨折しちゃって、来週試合なのに」
少年は中学三年生で今年部活を引退する。その最後の試合が来週に行われるというのに練習試合で怪我をしてしまったらしい。
「一、二年の時ずっと活躍出来なくて、やっとレギュラーになれたのに……!」
悔しそうに涙を流す。
「みんな安静にしろってそればっか!! 俺は諦めない。試合に出るためだったら手段を選ばない!」
「その手段は見つかった?」
「う……」
言葉を詰まらせる少年。
この子も分かっているんだろう。怪我がそんな簡単には治らないこと。自分が言っていることは現実的ではないということ。
「ねぇ、治すためなら本当に手段を選ばない? 」
「ああ、何千万の借金だって背負ってやる!!」
「……なら私が治してあげる」
私は一番上のチケットを一枚もぎり、少年に渡した。
初めて自分の健康を売り渡す瞬間だった。
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