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私に残されたものといえば不健康な身体と莫大なお金。
厚かったチケットの束は薄くなり残り僅かとなっていた。
敬吾と別れてからも裕福で贅沢な生活は続けた。
でも、どんなに綺麗な服に身を包んで豪華な食事を前にしても、心は満たされない。
痩せこけた体躯に青白い肌。化粧で隠している筈なのに周り人の視線が気になる。
「健康なときはこんなこと思わなかったな……」
生きる目的であった彼を失い私は再び空っぽになった。
「私、何のために健康を売ってるんだっけ」
チケットをぼんやり見つめて言った。
「あの、来崎明さんですよね?」
ある日見知らぬ女の子に声をかけられた。
赤いランドセルは新品のようにピカピカと光っているのでおそらく小学校低学年ぐらいだろう。
「そうだけど、どうして私の名前を?」
「私、相良灯っていいます」
「……だから何?」
悪いが少女とは面識がないし心身ともに疲弊した私はもう誰とも関わりたくなかった。
そのためいくらか刺々しい態度をとってしまう。
しかし、少女はそんな私に臆することなく殊勝に頭を下げた。
「お母さんを助けてくれてありがとうございます!」
「え……?」
「母は治すのが難しい病気だったんです。もう駄目かと家族みんなが諦めてました……でも、明さんのおかげで母は元気になりました」
そういえば相良という名字の女性を助けた記憶がある。
彼女は治ったお礼に大金をくれた。こんなに礼儀正しい娘がいたとは驚きだ。
「今は家族みんな幸せに暮らしています。本当にありがとう」
何度もお礼を言われこそばゆい気持ちになる。
少女が去ってから私は少し明るい気持ちになった。
「私でも誰かを救ったり出来るんだ」
心に明るい灯火が宿った気がした。
彼女の言葉はほんの少しのきっかけだったのかもしれない。
けれど私が踏み出すには充分なきっかけだった。
私は医療について懸命に勉強をするようになった。
チケットの力では私の身体に限界がくる。
だから、チケットの力でなく自分の力で人を治そう。そう思った。
医学の勉強には莫大な時間と労力が必要である。体力も精神もボロボロだった。
不思議だったのは心身ともに疲弊しきっていた筈なのに生きている実感があることだ。
人を病から助ける、最初とやっていることは変わらない筈なのに。
私は確かに『生きる』ことを楽しんでいた。
そんな日々に終止符を打つように、私のもと一通の手紙が届いた。
『心臓の病気である娘を治してほしい』
内容はそう綴られていた。
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