不健康大富豪

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『娘の病気は難病で余命半年になってしまった。どうか助けてほしい』  藁にでもすがる思いが文章からひしひしと伝わってくる。  あまりにも過酷な選択を突きつけられ私は数日眠れなかった。  ここでチケットを使い心臓の病気をトレードしたら私は半年しか生きられない。  そうしたら、私の目標もこれからの人生も失うことになる。 「あれだけ死にたいって思っていたのに」  自分は空っぽで生きていても意味がない。そう考えていた頃が昔のように感じられる。  今までそう考えて生きていた罰なのか。  偶然なのか残されたチケットはあと二枚。ちょうど使いきれるくらいの枚数だ。  あまりにも皮肉すぎる。 「余命半年の病気を完全に治せる方法って、他にないのかな……?」  ぼんやりと他人任せなことを考えてしまう。  きっと、私が助けなければその娘は半年後に病魔によって亡くなってしまうだろう。  この件を断れば私は人を助けなかったことになる。  私は人を助ける未来ために、いつかのために誰かを見殺しにすることになる。 「そんなこと出来るわけない」  いつぞやの謎の男が今の私を見たら「潔癖だ」なんて笑うだろうか。  私の心は決まっていた。  一軒家に一人暮らし。  寂しいと思ったのはいつぶりか。  ベッドに横たわりながら枯れ葉舞う冬の庭の木を見る。 『あの木の葉が全て落ちる頃私は死んじゃうのかな?』  いつか見た物語であったシチュエーション。  心臓の病気をトレードした私は病で自室のベッドで人生の幕を降ろすことになっていた。  誰にも看取られることなく一人ぼっち。  病気を助けた娘の感謝する笑顔が脳裏をよぎる。走馬灯だろうか。  私は静かに重くなる瞼を閉じようとした。  その時。 「随分やつれたねぇ」  ベッドの脇には謎の男が立っていた。片手には缶ジュースが握られている。 「……もう売れる健康なんてないわよ」 「違う。今日は全く別のことを言いに来た」  全く別とはどういうことだろう。 「俺の健康を買ってほしい」 「……どういう意味?」 「最初に説明しただろう。このチケットは“健康の売り買い”が出来る。よって君のその最後の一枚を使って俺の健康を君に買ってもらうということだ」  尚更わからない。男がどうしてそんなことをするのか。  私が困惑の表情を浮かべると、 「少し昔話をしようか」  男はベッドの隣に置いてある椅子に座った。  自分には優しい妻と娘がいた。  妻は娘を産んですぐに流行り病を患って亡くなり、自分にとって唯一の家族は娘だけになってしまった。  数年後、その最愛の娘も病気で床に伏せる回数が多くなった。必死に看病するも娘の病が治る余地はなく悪化が進むばかりだった。 「このチケットが手に入る頃には娘は亡くなっていたよ」  男は自嘲気味に笑う。 「病床で病と戦う君の姿が娘と重なった。このチケットは君のために使うべきだと思った。それに……」  君はもう、生きる目的ができたのだろう?  やるべきことをやった、そういう優しい顔で男が笑うから、私は頷き最後のチケットの力を使った。
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