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秘密の執事はクラスメイト
「これが、これが! リアル執事!! リアル執事喫茶!!」
私、城田晴香は、執事喫茶『ローズプリンセス』の前にいた。
ウェブ予約制だけど、人気過ぎて毎回落選していた私。ついにやったわ! 願掛けで、お弁当の卵焼きを抜いたのがよかったんだ、きっと!
受付にいる執事に案内されて、席に座る。あ、なんかいい匂い~。テーブルに飾ってある薔薇の香りだよね。
後ろから足音が聴こえた。きたきたきた!
「晴香お嬢様。本日お勤めする執事はお任せということなので、私が担当いたします」
え、なんか聴いたことがある声だな?
不思議に思いながらも、私は振り向いた。
「ええ、蓮!?」
「げえぇぇ、晴香!? 晴香お嬢様っておまえかよー!? チェンジ! チェンジ!」
「ちょっと! 執事が客をチェンジできるわけないでしょ!?」
「く……くそ、そうだな……。ほ、本日は……」
私が初めて来た執事喫茶。
そこに勤めていたのは……。
「ほ、本日はお越しいただき……あ、あ、ありがとうございます」
「ぷっ」
「笑うな!! しまった! は、晴香お嬢様。私は真剣なんですよ……」
「蓮……蓮が、執事……」
「晴香お嬢様。わ、私の裏の顔を知っていても追及しないでください。ここでは、私はただの執事ですから……あなたに仕える執事です」
顔を真っ赤にして、深々とお辞儀をする執事。
この執事は、私のクラスメイトで幼なじみの竹内蓮なのだ。
◇◇◇
「晴香~!!」
翌日の学校。教室に入ると、蓮が近づいてきた。
「うわ、ちょっと! 執事の次は壁ドン!? いちいち乙女向けコンテンツのカテゴリを踏まないでよ!」
「偶然に決まってるだろ……つーか、いまの言葉、学校では禁止!」
「え、壁ドン?」
「ちがう! その前!」
「ええ。私、なんか言ったかなあ……?」
「なんだと……?」
「ひつじ?」
「ちがうだろ!? しつ……ごほんごほん!」
「なんで、執事ってみんなにバレちゃいけないの?」
蓮は私から離れると、頭をかいた。
「だって、恥ずかしいだろ? 俺、執事ってガラじゃないし……」
「そんなことない!!」
「え?」
「執事の蓮。キラキラしていたよ!」
「お、そ、そうか?」
「オーダーを受けたら、一瞬イヤな顔をしても笑顔で応対するところとか!」
「おい」
「長いエプロンからチラチラ見える、筋肉質なお尻とか!」
「おい」
「まさに私の理想の執事!」
「晴香が考えている執事のイメージって変だぞ」
「そっくりなのよ……! 大森執事に!」
「だれだ、それ?」
「私が大好きな乙女ゲーム『執事大盛りてんこもり!』のメイン攻略キャラクターよ! ほら、このアクリルキーホルダー見て!」
「……こんな赤い髪のちびキャラ執事を見ても、俺に似てるかわかんないぞ?」
「じゃあ、これ! 私、ゲームの画像をスマホの待ち受けにしてるの」
「うわぁ……えらそうだな、この執事。……こんな目つきで応対したら、店長に怒られるな」
「ちょ、店長って言わないで!? 執事喫茶なのに!」
「晴香。執事喫茶っていうのは、少し接客サービスがある普通の飲食店だぞ?」
「こらこらこら! 全国の執事萌えの夢をぶち壊すことをくちにしないで!!」
「俺、まかない目当てでバイトしてるし」
「まかない!? バイト!? あ〜、私の理想の執事が、食べ物につられた雇われ執事だなんてショック……」
「晴香? おーい、晴香? ……まあ、そろそろ執事は辞めるかもしれないんだけどさ」
「なんで!?」
「三ヶ月に一回、ローズプリンセスで執事人気投票があるんだよ。俺、四回連続で一票ももらえなくてさ……」
「そりゃあ、無愛想な執事なら一般ウケはしないよね……」
「次、だれからも投票されなかったら、辞めなくちゃいけないんだ。そういう決まりになってんの。あーあ。あそこ、まかないうまいから、いいバイトなんだけどなあ……」
「決めた!!」
「え?」
「私が、蓮をステキな執事にしてみせる! 目指すはリアル大森執事……いえ! 生きながらにして伝説と呼ばれるような、全国の女性の夢と希望をつめ込んだ最高の執事にする!」
「マ、マジかよ……」
「その言葉!!」
「え」
「言い直して?」
「俺は学校でも執事になるのかよ?」
「そうよ! トイレ、お風呂、就寝。いつだって執事マインドを忘れずに!」
「スパルタだなあ。わかった、わかった」
「蓮、言葉遣いは?」
「ぐ……。晴香お嬢様」
「キャー!」
「なんだよ?」
「言葉遣いを直してって言ったけど、まさか不意打ちでお嬢様なんて呼ばれるとは思わなくて……」
「へえ、お嬢様って呼ばれるの照れるのか……。晴香お嬢様。お嬢様の心を満たすのが、私、執事の仕事でございます。未熟者であるがゆえに至らなかった点が多かったですね。大変申し訳ありません」
蓮は、片膝を立てて床に座った。
「蓮! そこまでしなくても!?」
「やるなら徹底的にやるんだろ?」
蓮は私の手を取った。
クラスメイトがみんな見てる。
胸が高鳴る。私たちは秘密のカンケイ。だから、みんないろいろ想像してるよね。
だから私、ドキドキしてるんだ。そうだよね!
「蓮……」
「私はあなたに従います。昨日からはじまった忠誠の誓いを破ることなんて、いたしません。なんなりと申し付けください。晴香女王様!」
「……え?」
「……ん。俺、なんか変なこと言ったか?」
「いま、女王様って言ったよ!?」
「しまった! だって晴香があれこれ要求するからさー」
「やり直し!」
「はいはい、女王様」
「もう! また言った!」
この一件以来、『竹内蓮は城田晴香女王の下僕だ』という噂が立ってしまった。
◇◇◇
数日後の昼休み。私は蓮と中庭でお昼ごはんを食べることにした。
私はお弁当。蓮は購買で買ったカレーパンとクリームパン。
蓮はパンの袋を開けずに、ぼんやりしている。
「執事マインドかあ……」
「蓮、パン食べないの?」
「いやあ、ちょっと執事マインドについて考えてさ……って、晴香の弁当、今日もうまそうだな! いいなあ……」
「そう? じゃあ、食べる?」
「え、いいのか!?」
「うん! 執事ごっこに付き合わせてるお礼だよ!」
「『ごっこ』じゃねえよ?」
「え……?」
蓮は私の髪を指で梳かした。
「いつもドレスアップして来てくださり、ありがとうございます。晴香お嬢様は、大変見目麗しいですよ。私たち執事に会うために着飾っているんですよね。皆、喜んでいますよ。私はいらぬ感情を抱いてしまいましたが……」
「蓮、いらぬ感情って……?」
蓮は私の両手を取った。
「執事として抱いてはいけない心、男としては当たり前の気持ちでございます。……いや、この思いは、執事になる前から私のなかでくすぶっていた。輝くお嬢様を見て、いっそう強くなっただけなんです」
「それって……蓮は、私のこと……」
「……ぷ。あはははは」
蓮は笑っている。
「いやあ、便利だな。執事の言葉遣いは。普段なら言えない愛の告白も、サラッと言えるもんなあ」
「もう、からかったの!?」
「うーん、半分正解だな」
「半分って……」
「……わかるだろ? 俺は晴香のことが好きなんだ」
「蓮……」
「晴香の理想が執事だっていうなら、俺は執事になりたい。でも、ローズプリンセスで他の執事に笑顔で話す晴香を見るのがイヤなんだ。……ああ、どうしたらいいかなあ」
「蓮!」
私は蓮に抱きついた。
「無理しなくていいよ?」
「無理じゃねえって!」
蓮は私を抱きしめてくれた。
「好きな子のお願いなら叶えたくなるんだよ」
「ありがとう、蓮。私、蓮が嫉妬するなら、もうローズプリンセスに行かない」
「晴香……ありがとな。それなら、最後にお願いしていいか?」
◇◇◇
執事人気投票の日。
私はローズプリンセスに来ていた。
一本の薔薇を手にして。
「蓮!」
今日の蓮は、白のフロックコートを着ていた。ローズプリンセスの執事にとっては特別な衣装。
今日で、蓮は執事を引退する。
『食べ物につられて中途半端な気持ちで執事になっちゃいけないよな』
蓮はそう言っていた。
「ありがとうございます、晴香お嬢様。結局、私は晴香お嬢様からの票しかいただけませんでした」
「いいよ、それでも。蓮は私にとって最高の執事なんだから!」
私は薔薇を蓮の服につけた。
蓮はその薔薇を愛おしそうに撫でると、私の手を取った。ピアノの曲が流れる。
「私と踊っていただけませんか、晴香お嬢様?」
「よろこんで!」
蓮が私の背中に手をそえる。慣れたステップで、私をリードする。
「晴香お嬢様」
「なあに?」
「私は執事として勤めたことを悔やんではおりません。このことがきっかけで、お嬢様に近づけたんですから」
「私も! ローズプリンセスに来てよかった! ……あ、そうだ。蓮。明日からお弁当作ってあげる」
「いいんですか?」
「うん! ローズプリンセスの抽選が当たるように、願掛けで、卵焼き抜きのお弁当にしていたの。明日からはふたりで食べよう? 卵焼きをおなかいっぱい!」
「晴香、うれしいよ。ありがとう。……あ、わるい。晴香は執事の俺が好きだったんだよな?」
「いまはちがうよ。あのね。私の好きな大森執事は、ハッピーエンドだと執事を辞めちゃうの。いつもどうしてかなって思ったけど、やっと理由がわかったよ」
「ん、どういうこと?」
「たったひとりの好きな人に向き合うためなんだね」
「俺たちとおんなじだな」
「うん!」
こうして、秘密の執事は、私の特別な人になりました。
【終】
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