時の指環

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 天の怒り。  或いは女神の怒り。  それが落ちるべき時に落ちなかったのは何故だろう。 「──あなたは優しすぎたのだ」  陽炎丸は端的に女神に告げる。 「許してはならないものに手を上げられないところから、不義は蔓延って行く。あなたは一度でも、不義を働いた者を排斥せよと強く命をくだしたことはあるか」  明鈴は弱々しく首を振る。 「いいえ」  涙ながらに命乞いをする者の首を明鈴ははねる事が出来なかった。  恐ろしかった。  己の声ひとつで人の命が消えてしまうことが。  陽炎丸と女神の会話をゆにたは黙して聴いていたが、すぱっと言い切った。 「女神、探そうか」  たん、と立ち上がる。 「人が見えなくなるくらいにわからなくなっていて、ばっさり断罪することにも迷いがあるのに、これ以上人の本性に首を突っ込んでいると、病むよ」  明鈴の視線がゆにたのそれと交わる。 「…ゆにた」 「何処を探せばいい?ぼくは女神になる権利をはっきり放棄しているから、ぼくが女神になれないなら、他に女神となる存在がいるはずだ。その女神候補を連れて来るよ」 「いいのですか…?ゆにた、あなたはこの世界の者ではないのですよね?あなたこそ、この世界のために力を尽くして何か得るものはあるのですか?」  ゆにたは笑顔を見せた。 「うん。この世界にはぼくの大事なものがあるんだ。だからあえてぼくは住む世界の違うこの世界にいる。女神を探す案件なんて滅多にないし、楽しいよ。ああ、楽しい、というのはこの状況下では不謹慎かな」  言い直すと、明鈴はかすかに笑んだ。 「いいのです。私の状況下とあなたの楽しいと思う事は別ですから。あなたが楽しいのでしたら、それはそれで。ただ──私がこのような状況にありますので、新たな女神となる者は、私が今立ち会う事の出来ない苛酷な状況下にある者かもしれません。その状況下にあって、この世を目に映せる、時代を切り拓ける者。そう、陽炎丸、あなたのような」 「俺か?」 「ええ。陽炎丸、あなたは、正確に言うのなら、女神明鈴の力の継承者ではなく、新たな女神の力の継承者として立てられているのです。私はそれを感じます。あなたに目覚めている力は、私のそれではない力です」 「俺にはまだよくわからないが」 「いずれわかるようになるでしょう。そう、あなたがあなたの女神に出逢えば、その時に」 「そういうものか」 「ええ。あなたにはきっとわかります」 「それなら、俺はゆにたと共に出よう。女神、あなたはどうするのだ?」 「共に参りたいところなのですが、人が見えなくなっている私は出歩くだけで様々な危険が伴います。あなたとゆにたの足手まといになる可能性があるのです。女神の加護はあなたがたに授けましょう。どうかここに、この世界の希望を連れて来てもらえますか」 「わかった。まず何処を目指せばいい?」  明鈴は、す、と空を見た。  空に、ある混乱が見えた。 「あれは時出処の船です。その船が春、夏、秋、冬、それぞれの国を巡り、最果ての島を目指しました。そこに大きな力の渦が見えます」      *
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