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「唯一の──ということは、代わりのきかない存在であることを示します。あなたの意志がそうではなくても、あなたは女神となる資格がある者としてこの世界に呼ばれたのですね」
「女神のあなたがそう言うのなら、そうなのだろう。でもぼくにも疑問があるんだけど」
「何ですか?」
「今の女神はまだあなただ。大切にずっと護って来たはずの大陸を、こんなふうに志半ばのような形で、次なる女神へと手放そうとしているのは何故?」
ゆにたの真摯な問いに明鈴は悲しげに俯いた。
「人が…見えなくなってしまったのです」
「人が…?」
「あなたや陽炎丸のように、心で向かい合ってくれる者の姿は見えるのです。でも、継承者の言祝を失ってしまってから、私には見えない者が多くなってしまいました」
「見えないって…物理的に?」
「ええ。心が見えないと、姿もだんだん見えなくなって行くのです。見えないと、人をどう護っていいのかがわからなくなりました。人は、何故不和を起こしたがるのでしょう。持っているものでは足りないのでしょうか。それとも、私に人を理解する資質が足りないのでしょうか」
継承者ひとりを失ったこともあり、明鈴の心は不安定になっていた。
陽炎丸は主の言葉を思い出す。
「俺の主が──迦陵様が『女神に治してもらった目が見えぬのだ』と話していた。主の目が見えなくなったのは、女神のあなたに人が見えなくなってしまったからなのか」
「迦陵の──。ええ。もしかするとそうなのかもしれません。迦陵はどうしていますか?」
「俺が城を空けている間に、城に火を放たれました。迦陵様には会えましたが、そのまま召された」
人が亡くなることを「天に召される」と言うが、陽炎丸たちの世界では一部の人間が天上人の姿になってまた地上に訪れることがある。
天に呼ばれたからそちらに上げられただけなのだと、陽炎丸は思いたかった。
秋出処の王が召されたと聞くと、明鈴は顔を両手で覆う。
「どうして…。人を護ろうとしていた王や継承者がどうしてこんな…」
(天女、か──)
陽炎丸には、明鈴の姿がただ清らかに美しいものに見える。だが、それゆえに、人と女神は相容れない部分があるのだろう。
人は清らかなもの美しいものを尊ぶ気持ちを知ってはいるが、それだけでは生きられぬと、時として非情な、闇の顔を見せることもある。
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