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「突然でしたね、大雪。今、外はどれくらいまで積もっているんですか?」
「脛くらいまでだよ。僕は念のための防寒具と長靴で来ていたから事なきを得たけれど……レディ、貴方のような格好じゃあ大変でしょう?」
隣の彼女──勝手に『レディ』と呼称している──の格好は、とてもじゃないが防寒着とは思えない。
柔らかなコートからは肌が仄かに見えるレギンスが伸びていて、足下はグリップの効かなそうなファーブーツだ。
見えないところにホットパンツやインナーがあったところで、五十歩百歩だろう。
「その通り。まったく歯が立たない、お手上げ! って、雪が降り始めてすぐにわかったから、迷わずここに駆け込んだの。
ここはバーテンダーさんも優しいし、温まれる飲み物もあるしね」
彼女が頼んでいるのは──当然と言えば当然だが──アルコール入りなのだろう。僅かに漂うこの樽の香りは、ウイスキーだろうか。
「レディはここの常連さん?」
「そりゃあもう。ねぇ、バーテンダーさん?」
「…………思い出したくないこともあるくらいには、長い方ですね」
バーテンダーは愛想笑いすらも諦めたように、遠い目をしていた。お客様本人を前にしてここまでするのは、本当によく打ち解けているからだろう。
だが彼女は、あっけらかんとして笑っている。
「えぇー、酷くない? いつの何のこと?」
「一昨年の12月26日。
テキーラを飲んだ後、『彼女とのデートなのにクリスマスの日を外すとかおかしくない? 浮気でもしてるわけ?』と言ったのを皮切りに、当時交際していた男性と物を投げるわ蹴るわの乱闘。
その後、残っていたアルコールというアルコールを飲み尽くしてから、何もなかったかのように帰宅していった時のこと」
その光景を想像してみる。辺りにはグラスやボトルだったものが飛散し、挙げ句に商売道具まで取り上げられる。
……どう考えても、店側としては地獄絵図に他ならない。客としても、居合わせたくもない状況だ。
むしろ出入り禁止にならず、今ここに彼女がいることの方が不思議に思えてきた。
本人も顔を真っ赤にして、慌てている。聞いている内に、ハッキリと思い出したのだろう。
「……イブに思い出したくなかったなー!
っていうかそれ、人前で話す系のエピソードじゃなくない?」
「当店での三大珍事のひとつ『クリスマスの山賊』として語られています」
「変なあだ名つけられてるの?!
──いやでも、あれはおかしいでしょ! クリスマスに家族と居たっていうなら、私にもわかる。そこに私を呼ばなかったとしてもわかる。家族って大切だしね。
けどアイツの場合、クリスマスに他の女と他所の町に消えて、一晩中連絡つかなかったんだよ?!」
「うわぁ……」
「おかしいでしょぉ?! しかも問い質したら『廃墟で電波が入らなかった』とか『ゲームしてたから電源切れてるのに気付かなかった』とか支離滅裂なこと言いはじめて、しまいには逆ギレしてきたんだからね?!」
思わず同情して悲観し、静かに頷いてしまった。
彼女の視点ばかりが正しいとは限らない。けれど聞く限りの話では、男の方が酷かったように思える。
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