イブの呪い

2/10
前へ
/10ページ
次へ
「突然でしたね、大雪。今、外はどれくらいまで積もっているんですか?」 「(すね)くらいまでだよ。僕は念のための防寒具と長靴で来ていたから事なきを得たけれど……レディ、貴方のような格好じゃあ大変でしょう?」 隣の彼女──勝手に『レディ』と呼称している──の格好は、とてもじゃないが防寒着とは思えない。 柔らかなコートからは肌が仄かに見えるレギンスが伸びていて、足下はグリップの効かなそうなファーブーツだ。 見えないところにホットパンツやインナーがあったところで、五十歩百歩だろう。 「その通り。まったく歯が立たない、お手上げ! って、雪が降り始めてすぐにわかったから、迷わずここに駆け込んだの。 ここはバーテンダーさんも優しいし、温まれる飲み物もあるしね」 彼女が頼んでいるのは──当然と言えば当然だが──アルコール入りなのだろう。僅かに漂うこの樽の香りは、ウイスキーだろうか。 「レディはここの常連さん?」 「そりゃあもう。ねぇ、バーテンダーさん?」 「…………思い出したくないこともあるくらいには、長い方ですね」 バーテンダーは愛想笑いすらも諦めたように、遠い目をしていた。お客様本人を前にしてここまでするのは、本当によく打ち解けているからだろう。 だが彼女は、あっけらかんとして笑っている。 「えぇー、酷くない? いつの何のこと?」 「一昨年の12月26日。 テキーラを飲んだ後、『彼女とのデートなのにクリスマスの日を外すとかおかしくない? 浮気でもしてるわけ?』と言ったのを皮切りに、当時交際していた男性と物を投げるわ蹴るわの乱闘。 その後、残っていたアルコールというアルコールを飲み尽くしてから、何もなかったかのように帰宅していった時のこと」 その光景を想像してみる。辺りにはグラスやボトルだったものが飛散し、挙げ句に商売道具(アルコール)まで取り上げられる。 ……どう考えても、店側としては地獄絵図に他ならない。客としても、居合わせたくもない状況だ。 むしろ出入り禁止にならず、今ここに彼女がいることの方が不思議に思えてきた。 本人も顔を真っ赤にして、慌てている。聞いている内に、ハッキリと思い出したのだろう。 「……イブに思い出したくなかったなー! っていうかそれ、人前で話す系のエピソードじゃなくない?」 「当店での三大珍事のひとつ『クリスマスの山賊(バンディッド)』として語られています」 「変なあだ名つけられてるの?! ──いやでも、あれはおかしいでしょ! クリスマスに家族と居たっていうなら、私にもわかる。そこに私を呼ばなかったとしてもわかる。家族って大切だしね。 けどアイツの場合、クリスマスに他の女と他所(よそ)の町に消えて、一晩中連絡つかなかったんだよ?!」 「うわぁ……」 「おかしいでしょぉ?! しかも問い(ただ)したら『廃墟で電波が入らなかった』とか『ゲームしてたから電源切れてるのに気付かなかった』とか支離滅裂なこと言いはじめて、しまいには逆ギレしてきたんだからね?!」 思わず同情して悲観し、静かに頷いてしまった。 彼女の視点ばかりが正しいとは限らない。けれど聞く限りの話では、男の方が酷かったように思える。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加