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「ははぁ。つまりざっくり言って、子供が作れないから別れたってこと?」
「………まぁ大体は。勿論、ちゃんと話し合って、合意の上で」
ひと通り話終わってから、喉が乾いていた事に気付いた。さっき注文したサンドリヨンを呑んでしまおう。次の注文を考えながら、喉に運んでいると──
「じゃあまだ初めてのお一人さん?」
噎せた。思い切り。
カウンターを汚さなかった自分を褒めてあげたい。
そして突然下世話な話をしてきたこの酔いどれレディにどうにか反省してもらいたいのだが……難しいだろうなぁと諦める。
「なんで話の矛先がそうなるんですか?!」
「はいはい、マイルドにしまーす。
大きな失恋をしたとは思うけど、この先もずっとお一人様のつもり?」
酔った人全員を悪く言うつもりはない。けれど、こうも苦手な話ばかり振られるのは、素面相手でも──いや、相手が素面ならば尚更たちが悪いが──苦手だ。
そういう意味では案外、バーテンダーの方が僕よりも涼しい顔をしている。他人事だからというのもあるだろうが、やはり職業上、慣れているのだろう。
ともかく、不慣れな僕が話を避けきれるとは到底思えない。
「……まぁ、気持ち的には、そりゃあそうですよ。
ここに来たときには、バーテンダーさんも……レディも、綺麗な方だなぁとは思いました。
けれど僕はもうきっと、恋愛ってことはしないかな」
自分も気付かない内に場酔いなんてしているようで、どうも気恥ずかしい事まで話をしてしまった。
気まずさを誤魔化すように──いや、綺麗だと賞された時の反応が知りたくて、バーテンダーの方を見た。
先ほどまでと何ら変わらない表情のままだ。何か感想はないものかと見つめてみた所で、注文でもあるのかと首をかしげたくらいのこと。
つまり、まあ、バーテンダーから僕の事は眼中になく──
「ちょっとぉ、何でこっち見ないのかしらん?」
ぐいっと視界が動いた。
アルコールが入った人間の力というのは恐ろしく、レディに両頬を片手で掴まれて、至近距離で対面したまま身動きがとれなくなった。
「い、いやいやっ。次になにか頼もうかと思っていたところ」
「その割には顔が紅葉みたいに真っ赤なんですけど?」
「それは場酔いして……あー、いや。綺麗なバーテンダーさんを見ていました」
睨まれる。蛇睨みなんてものじゃなく、鬼に睨まれているような威圧感。逆らうことなく、本当の事を口にしてしまう。
それを聞いて彼女は満足そうだが、目は笑っていない。。
「うんうん。素直って大事なことだと思う。みんなが幸せになるためにもね」
「レディの事も綺麗だと思っています、はい」
「それでいいのよ、許してあげる」
半分本音、半分甘言を口にしてみたけれど、まだ彼女の目は笑っていない。乙女心というのは、本当に理解し難いものだ。
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