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さて、美しく作ってもらったシャーリーテンプルをいただこう。
レモンとライムがすっきりと鼻に抜けた後に、グレナデン独特の味わいがじんわりと残っていく。それらを炭酸が心地よく流し込んでくれる。
レディはテキーラの残った味わいを烏龍茶で流してから、ダーティ・シャーリーへと口をつけた。
「んー、スッキリする! 初めて頼んだけど、癖になっちゃいそう」
思わず彼女へ問いかけた。
「初めてだったのかい? あんまりにも普通に頼んでいるから、てっきり飲み慣れてるのかと思ったけれど」
「えぇ、今まで彼女から頼まれたことはありませんでした。
……思えば炭酸入りのカクテルは、ほとんど頼みませんね」
バーテンダーの記憶ならば間違いはないのだろう。それもひとつの商売道具なのだから。
レディは、あはは、と笑いながら僕のグラスを指差す。
「私一人じゃ頼む機会もなかったからね。彼のとそう変わらないなら、バーテンダーとしても作るのが楽だろうし──っていう、まぁ、思いつき。
炭酸は素面じゃ選ばないけど、お酒を飲んでいる時はスッキリしたくて頼む事も、なくなくなくない」
なるほど、と頷いて応える。
『同じものを』と頼まなかったのは彼女の判断なのだろうが、無理に僕に合わせてノンアルコールを頼み、ぎくしゃくした空気になってしまうよりは余程気が楽だ。
食事の席というのは、それぞれが楽しくあるべきだと僕は思っている。
「けどレディ、大丈夫なのかい? そのカクテル、ベースはウォッカだろう?」
「大丈夫大丈夫。ウォッカだろうとテキーラだろうと、私、酔って理性を失うわけじゃないし。記憶もバッチリだし、吐かないし!」
その通りなのだろう──現時点で酔っていなければ。
失礼だとは思うが疑ってしまい、バーテンダーへ目配せをする。
「えぇ。レディは無駄な喧嘩を起こしたことはありませんし、床掃除も必要ありません。
あの時も、彼女の日頃の我慢の限界が、たまたまここで訪れたというだけの話です。
──被害額を除いては。けれどちゃんと弁償もしてくれましたし、礼儀正しくて、いいお客様ですよ」
「ねーっ! ちょっと騒がしいけど、それは素面でも一緒だもんね」
「そうですね」
「そうそう! ……って、少しはフォローしないの?!」
「事実なんだし、貴重な自白だから。ありがたく受け取っておかないと、失礼かなぁと思いまして」
「まぁその通りなんだけどね! あ、ナッツも合うよ。塩っ気が丁度いい」
「前に、お酒と合わせるミックスナッツは塩味がいいって言ってたから、探してみたの。ご期待通りならよかったわ」
目の前で広げられる話のテンポに、素面でもついていけない僕は──自分でも少し怪しい人だとは思ったけれど──薄笑いで見守ることしかできなかった。
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