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「でもさ、お一人さん」
それを知ってか知らずか、レディは僕へと話題を変えた。
「その呼び名はあまり光栄じゃないなぁ」
「そ? なら、ジェントルメン。
別に、あなたの生き方って、あなたが今ここで決めなくちゃいけないって訳じゃないと思うよ」
彼女の声は急に冷めて聞こえて、思わず顔を付き合わせてしまった。
頬はわずかに紅潮していて、目は少し据わっている……気がする。先程もこんな調子だった気がするので、きっと平常の範囲内だろう。
つまり彼女は酔った弾みとかでなく、本心で言っているのか。
「結婚するつもりだった彼女と別れたからって、その瞬間にあなたの人生が終わる訳じゃない。
……そうやって終われればよかった、って思うくらい悲しいかもしれないけどね」
「それは──」
わかっている。
そう答えるつもりで口を開いたが、心に従えば言い切れなかった。
近頃の僕が願っていることといえば、あわよくば彼女と元の関係に戻れないだろうかということだ。
ありもしない未来にすがってばかりいる事は、もう終わったつもりでいる事と、そう違いない。既に通過して、進んでいることから目を背けているだけだ。
「いいのよ、悲しい時は悲しんで。好きだった人を嫌いになるのってすごく悲しい事だし、相手と一緒に昔の自分を否定するみたいで、受け入れにくいものじゃない」
レディは何故、こんな風に語りかけてくるのだろうか。その言葉が、どうしてこうも胸に刺さるのだろうか。
考えるまでもなく、彼女の顔を見れば答えはわかった。
「……一年経ったって忘れられない事もあるしね。時々、他の誰かの境遇と重ねちゃって、泣いちゃう日も来るかもしれない」
店の微かな照明を受けて輝く、一筋の光が頬を伝っていた。
「それでも……それでもね、終わってないのよ。
好きな人がまた出来たら恋をしてみればいいし、また失恋したら泣いたっていい。断言して無理に自分を縛り付けちゃうのは……ちょっと窮屈じゃない?」
「どう、だろう。何も僕だって、好んで失恋するほどマゾヒストじゃないからね。
また同じように……好き同士になってから嫌わなきゃいけないって事なら、辛くても孤独を選ぶかもしれない」
始めてしまえば、終わりが来る。
始まらなければ、終わりは無い。
自分が、誰かが悲しむ事もない。
「一理あるけどね。それって、自分が耐える苦しさは感情に入れてる?」
──つくづく彼女は、痛いところばかりを突いてくる。
僕は痛みをごまかすように、シャーリーテンプルを呷った。これがアルコールならば、どれだけ気が紛れた事だろうか。
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