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エピローグ
俺は手紙を地面に置くと、また長くて細い息を吐く。
「何、黄昏てるの?」
君が生活音を立てながら、部屋にやって来ると、俺の隣に座る。
「別に」
「ふーん。あれ、掃除してるの? 何、珍しいじゃん」
「掃除という掃除でもないけど」
「じゃあ代わりに掃除機かける?」
「遠慮しとくよ」
俺がそう言うと、君がくすくす笑う。
「やってくれた方が奥さんは嬉しいんだけどなぁ」
君がそう言うと、俺は観念したように「……分かった」と言う。君が「やったー!」と嬉しそうな声を上げ、ニッコリ微笑む。すると、視線を俺から地面に落とし、「何これ?」と言って手紙を取った。
俺は「あ……」と声を上げると、君が不思議そうに俺を見て、それから手紙に視線を戻す。
封筒の表面を眺めながら、今度は「手紙?」と言って俺を見る。
「瀬尾宏様だって。綺麗な字だねぇ。桜庭、藍さん?」
「……ああ」
「何その、やべっみたいな雰囲気出してるの。もしや、不倫……?」
「違うよ」
俺は手紙を君から奪うと、便箋を封筒の中に仕舞い、適当に床に置く。君が「じゃあ元カノ?」とぐいぐい聞いてくる。
「違う」
「じゃあ誰? 私知らないんだけど」
君が唇を尖らせながら俺を見ると、「奥さん、隠し事は嫌いです」と言う。
「……昔担任してた生徒からだよ」
「へぇ、生徒からか。まさか、ラブレター?」
君が目を輝かせながら興味津々で俺を見つめる。俺はため息を吐くと、「そうだよ」と諦めたように言った。
「へぇ、やるじゃん~。旦那さん、モテモテですねぇ」
「からかうの止めろって」
君がくすくす笑い、それからまた手紙を取ると、俺は今度は何もせずに君を見つめた。
「桜庭藍ちゃん、今何してるのかな? 最近の?」
「2年前の」
「あ、大学で教養学学んでるって書いてある。へぇ、将来は高校教師だって。宏くんが切っ掛けだって書いてあるよ。凄いじゃん!」
君がばしっと思いっきり俺の肩を叩くと、俺は「そんなことないよ」と言って、息を吐く。
「初恋、だったんだ……」
君がちらりと俺を見ると、「金木犀のラブレターだね」と言う。
「金木犀? 花の?」
「そう、金木犀」
「どういうこと?」
「金木犀の花言葉は初恋なの。だから、金木犀のラブレター。ま、他にもいっぱいあるんだけどさ、一番有名な花だから」
君は花が好きで、よく愛でているからこそ、出てきたのだろう。俺はそろそろ恥ずかしくなって、「そろそろ」と言って君から手紙を奪う。そして、また地面に置くと、引き出しの掃除を再開した。
「桜庭藍ちゃん、また新しい恋を見つけて、幸せになっていてほしいね」
君が静かな声で言う。俺は一度手を止めて、それからまた動かす。
「大丈夫だよ、桜庭さんなら。彼女はすごくいい子だから、俺なんかより、ずっといい人に出会ってる」
そう言って、君の視線を背中で感じながら、俺は引き出しの掃除を続けた。
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