王子の帰還

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王子の帰還

深夜、月がぽっかりと浮かぶ病院に本日二度目となるバイクを停め、またもやヘルメットを 外してため息をつく。電気が消えた病院内は静かでどことなく不気味だ。 「面会謝絶って言わなかった?」 通路を歩いていると後ろから声をかけられ 振り向く。 「携帯落とした。取ってきてもらえますか」 今朝の女医に無愛想にそう言うとため息混じりに手招きした。 「君、彼女の事好きなの?」 同じく無愛想に真崎が言ってエレベーターのボタンを押す。信也はめんどくさそうに 溜め息で返事を返した。 「まあ、何でもいいけど。   あまり甘やかさないようにね」 「別に甘やかしてなんて無い」 むしろ他のスタッフよりきつい仕事をさせていると自負しているくらいだ。 力仕事も雑用も、あいつは文句一つ言ったことはない。 ーーーーやりたいこと諦めるくらいなら       死んだ方がまし 嫌がらせを受けていた時に仄が言った言葉。 今までやりたいと思うことが無かったのか ずっと諦めてばかりだったのか それでも、ようやく見つけた興味のあることを手放したくないと必死だった。 俺にはこれしかなかったからあいつの気持ちは分からないが、必死に頑張る(あいつ)を いつしか誇らしいとも感じたぐらいだ。 そんなあいつが 辞める と言い出した時 ただ事ではないとすぐ嘘にも気がついた。 「...あいつの力になりたいって奴が多いだけだろ」 エレベーターの扉が開き、真崎が先に降りる。 「なるほど、カリスマ性か。尚更良くないね 自分がどれだけ影響及ぼしてんのか 少し分からせなきゃね」 「他人なんて関係ねえだろ」 信也も続き、廊下に出ると真崎を立ち止まった。 「おや、君もそういう人種(タイプ)か」 肩越しに振り返る真崎を訝しげに見る。 廊下の照明は薄暗く、白衣の女医は朧月夜に立っているような危うさがあった。 「じゃあ君も知っておいた方がいい」 白衣に両手を突っ込んだまま真崎は振り返る 「人って言葉で人を殺せること」 信也は明らかに眉間に皺を寄せた。 それを知りつつ真崎は続ける。 「自分の行動一つで人の人生が壊れること」 真崎はどこか悲しげな目をしていた。 「支えてくれる人が多いほど、その事を忘れてはいけない。こんな腐った世の中で折角 出会えたんだから」 そう言うと、踵を返し真崎は歩みを進めた。 信也はどことなく視線を向けると小さく舌打ちをした。 (あいつ)に関わるとろくなことがない 昔を思い出すことばかりだ。 信也は苛立ちを抑え、気を取り直すと真崎の後に続き歩きだした。 「ここで待ってて」 病室のドアを開け、中に入ると顔を覗かせる信也を止めた。 「それ」 顎で示す先。テーブルの上に置かれた携帯を真崎は手に取った。 「はい」 「どうも」 受けとるついでにベットに眠る仄を見る。 「...まだ逃げようとするのか?」 手首と柵に繋がれたベルトを見て目を細めた  ああ っと小さく呟いて真崎も仄を見る。 「逃げると言うより、私が怖いのよね」 「は?」 「この子を無理に妊娠させたの医者だった らしいわ、」 平然と言う女医に嫌悪感が生まれる。 信也は思わず真崎を睨んだ。 「それ知ってて」 「仕方ないでしょ、担当医なんだから。 そもそもこの世は肉体的性別は男か女。 この二つしかないんだから、両方とも怖がってどうやって生きてくの」 もっともな話に信也は額に手をついた。 つい、かっとしてしまった自分を落ち着かせる。 「...乗り越えるしかないのよ」
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