その1:奇妙な区画

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 下階から上がってきた客の目が、最初に映すもの。それこそ、彼のそばにある壁だった。  壁に書かれている「Coming Soon!」とは、「もうすぐやってくる」という意味である。  ただもうすぐとはいっても、数秒や数分ではなく数日でもない。少なくとも数ヶ月は必要だった。  その間、客は壁の前を素通りし続けることになる。  そんなことがもう何度も繰り返されていた。 (いい場所…のはずなんだがなあ。なんでここばっかりつぶれるんだろうか)  岩渕が浮かない顔をしている理由はこれだった。  エスカレーターそばの区画は、レストラン街の入口ともいえる。訪れる客の全てが目にするのだ、悪い場所のはずがない。  にも関わらず、そこに入る店はいつも短期撤退を余儀なくされていた。  スペース浪原がオープンしてから今年で3年になる。  その間に3回、つまり年に一度は「Coming Soon!」の壁が出現する事態となっていた。 (経営努力が足りなかった? いや…売上は他の店舗と大差なかった。入る店はどれも違う会社のものだったのに、どれも年イチでつぶれるっていうのはさすがにおかしい……)
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