第三十六話 ポイント

1/1
前へ
/11ページ
次へ

第三十六話 ポイント

 優れた数値計算、情報処理、データ処理技術を活用した人類は、  電脳に海を興し仮想の地まで浮かべた。浮かべては沈む仮想世  界。浮かんでは飲み込む電脳世界。超科学(スーパーサイエンス)に依る  電脳世界(サイバースペース)仮想世界(メタバース)が存在する近未来にて。  大衆娯楽、オンラインゲームとして提供された仮想世界サービス  の一つ、VRMMO『エリュシオン』  科学が進歩した未来独特の、或いは進歩したからこそ現実では味  わい難い冒険、欲求を満たすためにプレイヤー達はエリュシオン  へ訪れる(ログイン)。  エリュシオン内ではプレイヤーに楽しんでもらう試みとして、ま  た構造として『エリア』と呼ばれる括りで世界風景が区切られて  いる。  例えばとして中世エリア、そう呼ばれる場所は文字通り中世的な  建造物が立ち並び、配置されたNPCもモンスター達も世界観に  準じた生活様式で過ごす様を見てとれる。もっとも、ゲーム仕様  としてスキルやモンスターが追加された世界観だ、どちらかと言  えば伝承伝説に即したモノなので、歴史的史実に忠実。と言う訳  ではない。  故に違うエリアには絢爛な機械都市が置かれ想像未来の世界風景  が広がっていたり、背筋も凍る不気味な地底、選ばれたる者達の  天空楽園と。プレイヤー達はそれぞれの特色を持ったエリアを行  き来しては遊ぶ事が出来る。また、初期ログインにおいて選択し  たエリアを自らの“出身エリア”等と自称したりしては、ロール  プレイも楽しんでいる。  そうした複数エリアで構築された仮想世界エリュシオン内、サー  ビス開始時から存在する初期エリアが一つ。ゲーム運営発、公式  名称『エリア1・ノスタルジア』プレイヤーからの通称、『中世  エリア』へと置かれた主要拠点都市の一つ。『テ・セラ』  周りを豊かな緑と大海への入り口に面した土地。白レンガに茶色  の屋根が目印の家屋、大海を沿うように整えられた街作りと、囲  むは巨壁。他の規模と比べると大都市とは言えないが、都市を名  乗るには足るその町中。行き交うキャラクターをベンチから“ぼ  ー”っと眺めて居るのは、フォーマルスーツを着崩した、仮想に  生きる空色の青年。  特殊な一人遊びに情緒を狂わされちゃって、気が付けばテンショ  ンの残量はゼロ。後に残ったのは“ぐったり”とした気分だけ。  仕方なしにぐったり気分を引きずりながら、俺は街中に見付けた  ベンチへ腰掛け。道行くキャラクター連中を見やった。 「?」 「……。……!」 「……」  今度は観察ではなく適当に、ただ適当にと視線を流すだけ。んな  事をして薄ぼんやりと頭に思う事ってのは。 「(あー……皆呑気だぁ~)」  いや当然だよね。呑気じゃないヤツがオンラインゲーム何てして  ねーわ。此処に居んのはみーんな心に余裕を持った連中ばっかり  さ。……多分。 「はぁ~」  俺は投げ出していた足を組んで、背と腕をベンチに預けては、素  晴らしいグラフィックで表現された青空を見上げる。  キレイだけど、現実の物とは何処か違うキレイさを放つ空。うー  ん平和。でもみーんなしーらない事がひ・と・つ。 「(此処に居る俺、実は現実じゃ死んじゃってるんだよ!)」  心で叫ぶ最大の秘密。  楽しくエリュシオンをエンジョイプレイ中現実世界のオレは突然  で悲劇的な死を迎えちゃった(ログアウト)。しかも冗談みたいな話しで、  プレイ中の俺はそれに全ー然気が付かないままに、シームレスバ  トルよろしく何故か此処(ゲーム内)で生き返った?っぽいんだよねー。  あり得ねぇ~。  そんだけでも十分キャパオーバーな話なのに、この仮想世界には  どうやら自称神様までも居るらしいんすよ。あ、偶像の方じゃな  くてマジな方でね。おまけに一人じゃなくて複数居て、しかもソ  イツら互いが互いを牽制してるご関係なんだそうな。ダメ押しに  ソイツらのパワーバランスが崩れるとこの世界、つまりゲームエ  リュシオンがどうにか成っちまうんだってさ。 「(……んなアホな! 折角第二の人生、誰もが夢見たゲーム世  界での生活を手に入れたってのにッ!)」  空を見上げる頭を振って一頻り取り乱してみるけど。 「……」  思いの外冷静に成ってしまった。発狂とかしないだけマシか。  良いタイミングかどうか分かんねーけど、現実で死んだ途端世界  には不思議も奇跡もあるらしいと知れて、しかも自分がそんな不  思議の一欠片に成っちまうとはねぇー……。うーん流石人生。  んで。色々衝撃的なバックボーンが明らかに成った訳なんだけ  ど、世界の秘密を知った俺が今一番考えている事。そりゃあもち  ろん。 「(言いてぇ。誰かにこの秘密を超言いてぇぇ……)」  世界の秘密を話してくれた正体不明な連中からは『他言は厳禁』  とキツく言いつけられた。ヒーローの正体とか、そんなんによく  ある定番のお約束事だね。  でもさ? こんな秘密、オンゲの世界で本当に神様モドキが居ち  ゃったりしてよ? しかもNPCやモンスターには魂持ちまで居る  んだってさ。ヤバすぎるでしょ、この事実。あ、秘密って一つど  ころじゃねーなこりゃ。ワヒヒ。 「(いやワヒヒじゃねえよな。なんで一般プレイヤーな俺が巻き  込まれてるんだ?)」  此方は紛れもない現代人で清き一般優良プレイヤー。現実で死ん  じゃって此処に居るけど、そんでもやっぱ一般人でしょ、俺っ  て。……まあ、だからこそ。 「(誰かにこの超弩級の秘密を言いてえんだよなぁ~)」  いやま。絶対言えないけどね、絶対。  世界の秘密たって事はネットの、それもゲームの世界での話だ  し? 連中現実には影響があんま与えられないし、与えるつもり  もねーって話だったからね。……って考えると、このスケールが  デカイんだがミニマム何だか分かんねー話、誰に言っても信じて  もらえる話じゃないよねー。てか逆に信じられても困っちゃうよ  ん。 「(オンゲにそんなのが居るなんてバレたら、俺も困るからね)」  もう俺はゲームの中(エリュシオン)にしか居ない。  あー今なら平穏、平和ってのが何よりも尊いんだなーって分かる  よ俺、分かりまくりだよ俺。現実への帰巣本能は皆無だけどね。  現実じゃ死んじゃったけど、夢のオンゲ世界にリザレクション決  めたってのにさー。誰にも言えない自分以外の秘密を抱えて、し  かもそれに巻き込まれちゃってさぁー。 「あぁ~超ーメンドー。あ、主人公って奴らは皆同じ事思ってる  のかな? いや、俺主人公ってタイプかぁ? いやいや、キャラメ  イクゲーじゃ皆が主人公なんだから当然俺も───」 「……それは深い話、か?」 「ヒュッ!?」  ベンチで一人ゲームへの姿勢を呟いていると、背後から声が掛か  りビビる。いやビビってないけど。  兎に角と、掛かった声へ、空に向けていた頭を正面へと下ろすと  目の前には人影。 「よう」 「よ、よー相棒!」  居たのはよれたトレンチコート姿に、オジダンディなおフェイス  を此方へ向ける相棒のブルクハルトだった。今日もシビィな。  俺は相棒に挨拶する傍ら今の独り言で何かヤバイ事を言ってない  か、そっとサウンドログをチェック。……おっし特に何も怪しい  事は言ってないな。よし。いつも通り、普段通りに接しよう。 「どしたん今日はー?」  いいぞー。動揺があっても口吃る事も無い。常に完璧ッ。 「隣良いか?」 「もちもちのロン」  相棒が隣に静かに腰掛け俺を“チラッ”と見て。 「あれからどうしてたかと思ってな」 「あー……」  相棒の言う“あれから。”と言うのは俺行きつけの酒場、昼行灯  で起こった突発イベント、その後の事を聞いてるんだろう。  あれってば実際は運営による突発イベントじゃ無かったんだけど  ね。真相は酒場の主、見た目幼女な自称ロリ神様を狙った、他の  神? なチームの奇襲だったんだー。  そっか、あの時一歩間違ってたら世界が終わってたかも知れない  んだよなぁ……。消滅じゃなくて改変的な意味で。うっわ超説明  してえ! っとそうじゃねえ。 「別に? 普段通りエリュシオン満喫してたよ。三徹でな!」  相棒との関係はちょい長めなネットゲーム仲間。  知り合ったのはVRゲー黎明期で、これからに“ドキドキ”してた  頃。気が合い互いに様々なオンゲを渡り歩いたもんだ。……でも  別にオフ会とかで会った事も無いし、音声チャットでも本当の声  は聞いた事ない。初めてゲーム内出会った時からずっと同じ音声  を、他の媒体でも使用してるっぽいんだよねぇ~。なので本当の  声は知らない。ネットで知り合って、ネット上だけで繋がる友  人、いや親友だな。だから俺は大切な相棒に嘘なんて吐きたくは  ないから、今の言葉も嘘じゃない。  イベントの後。俺は強制、強要にも近い形でロリ神様チームに協  力する事になった訳なんだけど、その事だけは勿論言えない。  相棒は俺の特殊な事態を知ってはいるけど、それ以上に巻き込む  のは流石に無責任っしょ、やっぱりさ。なんで、嘘の代わりに  “言わない”を選択したのだ。実際何かをしてた訳じゃないし。  ロリ神様からは『此方から連絡するから』って言われて分かれた  が最後、それからずっーと放置だもん。んなこんなで酒場にも行  き辛れーしで……。俺はいっそこのまま裏側連中から忘れ去られ  る事を祈りつつ、面白おかしくゲームの世界で生きたいと願った  通り。お気にのショップに貢いだり、アプデ情報調べたりとかプ  レイヤー観察。後は資金作りに勤しんでもいたな。公開マーケッ  ト覗いてる時にカモを見付け、俺の懐はまた少しと豊かになった  りもね。  まあそんな風に満喫して過ごしていただけなのよね。……あれ?  マジで何もなくね? もっと冒険とか出るべきだったかも。 「お前……三日も徹夜したのか?」 「おう。意味もなくなッ!」 「……」  相棒から“疲れたお父さん”な笑みを向けられてしまう。なんで  だよ。  ロリ神様から聞いた、魂持ちとそうでないのを見分けられないか  ゲームは、俺を白熱させた独り遊びなんだぞ。んまあちょっとし  た実験でもあったんだけどね。結局見分け方法は確立出来なかっ  たけど、いつか確立したいもんだ。 「意味も無く? 何かはあったんだろ?」 「? いんや?」  否定したのに何故か此方を見詰め続けられてしまう。オッサンの  顔に見詰められるのは色々キツイって! 「なあ」 「! あ、あによ?」 「自分に何か話しておきたい事は無いのか?」 「エヘッ!? な、なーんもないけどぉ?」  急に鋭い事を言われキョドっちゃう俺。願わくば相棒が俺を何時  も通り変なヤツと思ってスルーしてくれれば良いんだけど……。  チラリ。 「……」  おっとー目を細め此方を睨むお顔。よーしバッチリ怪しまれてん  な。ああああああどうしようどうしようどうしようどうしようど  うしよう。 「実のところ。此方に話したい事があるんだ」 「あ? そなの?」  なんだ。話したい事があるのは相棒の方かよ……。バビったぁ。  手にした緊張をさっさと捨てて、俺は連日ソロった影響から、  誰かと話す、聞くのは楽しいと。期待した体勢を取ってしまう。 「何よ何よ」 「ああ実はな、また変なモノを見付けたんだ」 「ほほう……。それはウラの方で、って事かねキミ?」  軽く頷く相棒。こりゃマジで面白い話が聞けそうだぞ! 続きを  と視線で相棒に促す。 「そいつは普通には見つけられないモノ、いや場所って言った方  が良いだろう」 「ほほーう。ま~たデバックルームとか秘匿部屋でも見つけちゃい  ましたか?」  我が相棒はゲーム内とは別に、少し特殊なスキルを持っている。  だからこそ“ウラ”にも詳しい。ウラ関係で技術の話となると俺  には難しいんだけど、相棒は此方を汲んで噛み砕いて話してくれ  るので大変ありがたい。 「いいや。明らかにソレは違う。ただのデバックルームでも、秘匿  部屋にしても規模が大きい、大き過ぎたんだ」 「へぇー」  確かデバックルームってのは運営チームが消し忘れ、それか敢え  て放置されている試験的隔離空間だったな。ぶっちゃけ見ても詰  まらない場所ね。大抵殺風景だし、残されてるのも重要じゃない  モノばっかしだしで、何よりも位置的にサイバースペースにもの  っそ近いんで危ねーしよ。  んで秘匿部屋はプライバシールーム、シークレットルームとか呼  ばれてて。腕に自信のあるハッカーがデバックルームを回収、改  造、改修して作ったり。新たにぶち開けて造られたりだとか…  …。ま、要はイケナイ子たちのイケナイお部屋だね。  主に普通のプレイじゃ満足できない連中だったり、運営の範疇外  でアレコレしたいプレイヤー達の間で取引されてたりする品物。  中には複数所持してダークショップの運営───とかね。  存在が存在だけに突然消されたり、襲撃やら白の踏み込みやらが  起こっちゃうグレーゾーンなお遊び場。  俺は過去に相棒や自分で調べた知識を頭までなぞりつつ、話へ耳  を傾ける。 「単純に部屋自体の大きさ、プラグインの追加や維持する為のバッ  ファリングと……。部屋の質を上げれば比例してデータ量が大き  く成り、誰かからの発見リスクも伴う。  だから通常は他所からのチェック、サーチに引っかからないよう  一定規模に抑えて作るか、使用頻度を落としてピンを安定させた  り。大々的に使うなら短時間だけの使用に限定したりするはずな  んだ。完全偽装も時間と共に劣化は避けられないからな」  話す相棒は顔を何処かへと向けた。 「だが。見付けたソレは今まで見た事も無い程大きな規模で、しか  も馬鹿みたいなデータ量と巫山戯た変動数。全貌をまるで把握で  きなかったな」  相棒は『変動波だかで此方が放ったエコーがイカれる何て、初め  てだった』とか呟く。ふむふむ。 「ほへぇー。ああ、だから見付けやすかったとか?」  デカくなれば成るだけ発見のリスクは高まるんだもんな。とんだ  マヌケも居たもんだ。 「それがな。驚くのは此処からだ。多分なんだが、製作者以外で  アレを見付けたのは恐らく自分が初めてだろう」 「? 意味分からん。もっと俺に分かりやすく」 「いいか。普通改造した部屋ってのはただ放置したりはしない。  改造した部屋は運営に見付かったら即デリート、同類同業なら奪  われても奪っても訴えられない品物なんだから」 「イケナイ子たちのイケナイ遊びだしね」  横顔に小さな笑みを浮かべる相棒。 「だから定期的に座標を変えたり、偽装の更新だとかで保守をす  る。利用頻度も制限したりな。個人の隠し財産や密談で使われる  のが殆どだが、大々的に使う時何かは一定の周期を決めて、使用  が終われば直ぐに部屋の座標データを動かして再偽、或いは破棄  しちまう」  話の間に顎に手を添える相棒。様になんなぁー……。 「けどソレは、移動にTCP形式で通路を作るのが一般的なのに敢  えてIP形式で通路を作り、おまけにダミーIPで作った適当な通路  を同時に複製してたんだよ。勿論ダミーにあるのはメチャクチャ  なメタデータと、ご丁寧にダミーに繋がるトラフィックのセット  だ。そんなモノは幾ら追いかけても意味は無いし、そうしてる間  に本体は何処へやら。  残された真トラフィックから逆算しようにも規模がデカ過ぎて、  辿り着く頃には空っぽの座標。役目を終えた番地だけ。  だからこそ誰も落ちてるそれを真剣には追いかけないし、全員が  クズなキャッシュ、ガベージ(ゴミ)にしか思わなかったんだ。  上手い事出来てる、なんて話じゃないんだぞ。あの通信速度もだ  が、そもそも物の技術が何処か───」  楽しそうな相棒。ウラの話でそんな様子を見るのは結構珍しい。  ……けど。 「スゲーって事は分かったぜ。そしてスゲーって事しか分かんない  んですけど?」 「───簡単に言えば。あり得ない通信速度で部屋が移動を繰り返  し、しかも移動するたびに囮を大量にばら撒いてる。だから見付  けられるのは囮ばかりで、囮からじゃ追いかけるのも到底不可能  って話しだ」 「ナルホドー」 「絶対分かってないだろ、お前。もっと大雑把で乱暴に言うと、完  全で完璧に見つけられないを実現した、最初の改造部屋って事だ  よ」 「おー! だよな、そう言おうと思ってた!」  相棒が両眉を一度上に“クイッ”と上げる仕草を見せた。それは  どっちの意味なんだよ。 「一番重要なのはあの規模が今まで誰にも見つからなかったのが、  隠し方が巧妙だからってだけじゃない。その形式が余りにも異質  ……。規格外と言う言葉が最もしっくり来るな」  此処までの話を聞いてやっと俺は『何となくだけどこの話の内容  って俺側に関係してね?』と感じて来ていた。  内容はまだ良く理解できていないし、今後も理解できそうに無い  けど。“相棒はヤブを突いている”と、そう頭で、全身で感じる  んだ。やばいヤバイ。 「や、やーでもぉ! 相棒が見付けられちゃうぐらいだし、てか  見付けたんでしょ? なら全然大した事ナイナイレベルだったん  じゃん?此処で完璧も完全もナイナイ! あ、いや相棒の腕が一  般以下とは言わんけどね?」  ちょっぴり早口な俺は。 「でさ。そのー見付けたモノってのはまだ監視中ー……?」 「いやもう追えない。……“今”探しても見付けられないだろう  な」  此方を“ジッ”と見ながら力強く断言する相棒。  ふぃー……。ホッとしたぜ。嫌な汗ダムも亀裂のみ、決壊せずで  す。よーし。 「あーそなの? んー残念! ま、レアな何かがあるって分かった  だけでも目っけもんじゃん? でも何か危なそうだし追うのはや  めといた方が良いんじゃね?じゃね?」  こんな心臓に悪い話はさっさとやめたい。ただでさえ俺だけの秘  密でいっぱいいっぱい何だからさ。……何かちょっと気分も悪く  なって来ちゃったし。  俺は話をとっとと畳む方向へと持って行こうと努力する。 「危ないと思うか?」 「んー。危ないと思うなぁー俺は、うん」  遠くを見詰め“ニヤリ”と笑う相棒の横顔。 「なあ。自分がどうやってそんなモノを見付けたか。“キッカ  ケ”を知りたくはないか?」  それがゆっくりと此方に動く。同時に喉に違和感を感じた。絞め  られているような、何かが上がってくるような違和感。その所為  で『聞きたくない』と言う言葉が詰まり、遅れ。相棒の言葉を待  つ形に。 「到底見付けられないアレを見付けたきっかけ。それは───お  前だよ、ルプス」  心臓が“ドキッ”と跳ね上がる。此処に心臓が無いとしても、同  じ場所のナニカが強く脈打ったんだ。 「お、俺ぇ?」 「ああお前だ」  相棒に真剣な眼差しで見詰められ、顔が僅かに近付く。 「お前は大切な存在だ───」 「え。突然の恥ずかしい告白───」 「───だから当然何かに巻き込まれた時、直ぐに駆け付けられ  るよう、お前のキャラには座標情報を特殊シグナル発信するコー  ドを仕込んであるし、当然シグナルは常にロックさせてもらって  いる。だから、何処に居るかを自分は常に把握出来るんだ、この  エリュシオン内の何処だろうとな」 「おおおおお前なんつーことしてんだ俺に!? 告白の質ぅ!」  相棒は一瞬“しまった”みたいな表情を薄~くしては。 「怒るのは理解できる。後で幾らでも怒られてやる。だが今重要  なのはそんな事じゃないし、後になっても怒る事でもない。娘が  心配な親なら誰でもする事だろうし、GPSはその為の発明だっ  た」 「誤魔化し下手なのかな!? 俺はお前の娘じゃねーしGPSも絶  対そんな利用目的じゃなかったと思う! ストーキング、お前が  したのはお友達ストーキングなの! これは信用問題ですよ相棒  さん!」 「信用問題? 自分はルプスを心から信用してるから問題ない」 「言語翻訳機能バグっちゃてるのかな?それとも頭バグってる  の?」 「良いから答えてくれ。お前はあんな場所で一体何をしてたん  だ?」 「───」  言えるかよと思い、嘘でない誤魔化しをあれこれ頭で浮かべる  けど。 「ああもしかして」  超絶ビックリな事をさらっと言った相棒は。 「跡地からサルベージした断片ログ。その中に出てきた『ニルス  』ってのに会いに行ってたのか? そう言えばこの名前、確か酒  場の主、だったよな? 凄い偶然だとは思わないか?」  俺だけの秘密は早くも終了───いや、まだだ! 何か言い訳と  かそんなのはもうどうだっていいんだ。今、今大事なのは。 「ば、バーカバーカ!髭面がぁ!」 「!? ……! ………ッ」  情報処理が追いつかなくて言語野がショートした俺は、相棒に最  も分かりやすい罵声を飛ばしつつベンチから飛び上がり、流れる  ような動作で転送を実行。行き先は公式に与えられた自分だけの  空間、自室。  背後から相棒の音声が聞こえた気がしたけど、転送をそのまま続  行して自室へと逃げ跳ぶ───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───跳んできました俺の寛ぎ空間、マイルーム。 『おかえりにゃん』 「ただにゃんッ!」  出迎えてくれたマイサーヴァントへ欠かした事のない挨拶を返  し。 「引き篭もり準備、すぐ!」 『命令了解。……制限レベルを引き上げます』  命令したマイサーヴァントがその場で仮想コンソールを開き軽く  操作し、自室に入出制限を掛けては通常行動に戻って行く。  入室制限のレベルは勿論最大の全拒否だ。これで一安心。そのハ  ズ、ハズなんだけどー……。 「全ッ然心が休まらねぇ!」  相手が相手なのでこの公式仕様の拒否を信用できない。不安の所  為か心がざわつく。空気がある無し抜きに呼吸が荒くなって、神  経が高ぶってピリピリとする感覚。そんな中。  “ピ……”  何て電子音が自室の扉から聞こえてきた。見れば木製扉の表面に  浮かぶ制限マーク『セーフ』の文字がちゃんとデジタルな感じで  光ってる。俺が選んだカッコイイデザインの表示。それに───  ノイズが奔った。  ノイズはだんだんと酷くなり『セーフ』から『クリア』へと表示  を点滅させはじめた頃。  “ピピー! ……カチャンッ!”  アンロックのSEが扉から響く。鍵の開いた扉が当たり前のよう  に開いて、其処から一人の人物が部屋に入って来た。その背後で  扉が閉まり。扉には『セーフ』の表示が……!? びっしりと羅列  されてる!? ……何あれ怖ッ! 「ふぅ。……こんな一般レベル、公式仕様(オモチャ)じゃ自分とルプスの間を  隔てられないようだな。当然で絶対の事だが」 「はは、何かラスボスみたいな事言ってるー。バカなのか  なー?」  必死に何か考えようとしても考えられない。なんだか、すごく、  きぶん。悪い。 「さあ。話してもらうぞ。一体お前が何に巻き込ま───」 『ルプス様』  相棒が俺に尋問を始めたと同時。色々限界だったんだと思う。  俺は、俺はそれでも名を呼ばれればそっちへと向いてしまう。  そして─── 『次は工房を───』 「オロロロロロロロロロッッッッロ!」 「な!? ルプスッ!!?」  大変信じられない事に。俺はVRゲーム内で嘔吐した。  俺の口から飛び出た液体らしきはとても、それはもうとてもキレ  イで、キラキラと光る真っ白な軌跡。いや冗談抜きで真っ白でキ  レイな液体? 的なナニカが俺の口から飛び出したんですけど。  ウケ、ウケケ。 『───整理します』  嘔吐を掛けられたマイサーヴァントは何ともない様子で、広間に  ある扉前に移動し、開き。工房へと姿を消した。  あれ。あれれ目眩が酷いぞ? 「ううーん」 「あ、おい!」  俺は立っている事が出来ずその場に倒れ込みかけてしまい、駆け  出した相棒に身体を支えられる形に。自分の体勢をヒロインみた  いだなと思いながら。 「うふふ。ゲロ、吐いちゃったね。ウケ、ウケ、ウケケルリ!」 「!? あ、ああ。いや此処は仮想世界だぞ? この中でそんな事  が……?」  相棒は一度其処で頭を大きく振って。 「今どうでもいい。おい、なんでこんな事になった! 明らかに  健康とは言い難い状態じゃないか! そ、その、なんだ。自分が  お前を此処まで追い詰めてしまったのか?」  心底心配そうな顔。なんだろうけど、メッチャしぶ顔だから笑  いを誘うんだよねぇ。 「情けない声……しぶフェイス……ウケル……」 「お前───!」  ぼんやりする視界の中の相棒が“ハッ”とした表情を浮かべ。 「おい!“本当は何日寝てないんだ!?”」  相棒に身体を揺さぶられるながら考える。 「んー……? いちゅか(5日)だよ」 「は、はぁ!? 三日じゃなかったのかッ!?」 「おう。いやだって五日もオンゲ徹夜とか引かれそうじゃん?  俺だってそんな事言われたら、心で尊敬はしても態度は引くも  ん」 「急に素で喋るなよ。そもそも今の喋り方自体……。いや、こ  の情緒の不安定さ、徹夜のし過ぎで頭が可笑しくなった時のだ  な。お前は今直ぐ睡眠を取れ、取るべきだ!」  目を空けるのもだるい。でも、なんでか意識はてばなせない。  だって。 「ねろっていわれても~おれってねれない体質だから~」 「寝れない体質?前にも聞いたな。 今、のは意味のある言葉  か?戯言? 体質も何も此処は……ゲーム的にって事、なの  か? ゲーム的、的。しよう、仕様ッ! だからあの場所ッ!」  何事かの考えに至った男性キャラクターは、空いた空間へと片手  を伸ばす。すると空間がぐにゃりと湾曲を始め、明滅を繰り返す  異質な空間が現れる。  目を閉じ、仕切りに“へらへら”とする空色の青年を彼はお姫様  抱っこで抱え上げ、作り出した空間へと自ら飛び込む。  彼が飛び込むと同時に部屋から空間は直ぐに消滅。 『……』  二人の居なくなった室内。残されたのは、設定された行動を繰り  返す何かだけ。  果たして。閉じた空間を見詰めるその行動は───
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加