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第三十七話 気付き
───中世エリア・とある森林フィールド。
レベリングへの知識もまだまだ乏しい初心者プレイヤーが、古来
より先達先人廃人達皆がそうしてきた様に、最初の拠点付近での
ザコ狩りを卒業する頃。近場だからと言うだけで訪れては、しれ
っと混ざっている中級クラス初の妨害系モンスター、更にはレベ
ル帯に絶対見合ってないだろうと叫びたく成る徘徊ネームドモン
スターの登場。
うっかり殴ればPT全滅の憂き目に合わされる妨害モンスターに
手こずり、邪魔だと数を狩れば即湧きするネームド。ネームドに
見つかればフィールドを何処までも、何処までも、一生と追いか
け回される事に。等と、初心者に状態異常への貴重な経験と、見
た目も性能も恐ろしいネームドとの苦い思い出を授けてくれる事
で有名なフィールド。此処でしか取れない素材もなく、美麗故に
恐ろしい森の風景。故に進んで訪れる者も皆無な過疎フィールド
にて、最近では常連が一人だけ居た。常連たるはかの空色の青
年。
彼は何時もの様にこのフィールドで眠って居る。しかし、何時も
とは様子が違うらしい。
傍らに寄り添うは、ナニカでは無く誰かだ。
「(……あ?)」
起きた。
って事が頭で分かる程度には途切れてたらしい自意識。薄っすら
記憶を手繰ってみれば、直前までの記憶がちゃーんとあった。何
かスッゲー気分が悪くなって、暑寒い?みたいな変な悪寒が肌と
言う肌を駆けずり回り……。兎に角身体ってか心? が落ち着か
ない変な感覚で全部が全部埋め尽くされる、みたいな。
なのに意識は手放したくても手放せないー……。そんなヘルモー
ドだった訳よ。
「(あれれ?)」
だけど不思議な事に、今の状況的に俺は“何かで意識が途切れ
た”らしい。ちょっと何時もと違い頭がちょっとボンヤリするけ
ど……。うん。
「メッチャ気分が良いじゃん!」
途切れる前の嫌な気分から一転。爽快な今の勢いそのままに閉じ
てたらしい瞼のシャッターをぶち上げ。
「くぅー! 今日も日差しが眩───」
『…ウッ……ッ………ヴッ!』
瞼シャッターを上げると同時に寝そべってたらしい上体を起こし
たんだ、起こしたんだけど。シャッターを開けた先に輝く日差し
何てモノはなくてですね、代わりに瀕死状態を維持されたネーム
ドモンスター、枝とか葉っぱとかで形造られたモンスターなフェ
イスが俺を睨みつけてました。
もう見慣れた、つってもやっぱ作り込みのスゲーモンスターおフ
ェイスは……寝起きに効くぅー!
「!? ───ッホ、ホッホホッホーウ!」
起こした上体を後ろに引きつつ、投げ出した足も思い切り持ち上
げて、現実のオレじゃ到底出来ないであろうアクロバティックに
過ぎる動作で飛び退く。
「起き抜けにバク転が出来るとは、流石の操作だな。……ふむ」
「!? 相棒じゃん。後『ふむ』じゃないよ『ふむ』じゃ! 寝起き
ドッキリなら美人を用意してくれ!」
カエルのポーズで待機する俺は、ハンドガンを片手に側に居たら
しい相棒の姿を確認。別にこのまま大きくジャンプする訳でも無
いので、俺は“スッ”と立ち上がって相棒と向かい合う。そんな
俺の様子をこれでもかとマジマジ見詰めてきちゃっては。
「気分はどうだ? 何処か痛い所は無いか?」
相棒の心配した様子の声に促され、俺は聞かれたので自分を把握
してみる。仮想インターフェースを開いてステータスを確認して
も、状態異常はなーし。ファイブセンスのタブでもエラーは無し
───ってまあ肉体無いからここのステ欄に変化なんてないよ
ね。……うーんうん。
「良いぜ。そう、今なら一日でマンスリークエストもこなせるぐら
いには気分が良い、良いぞぉー!」
「やめて置け。ふう……取り敢えず気分は良いみたいだな。だった
ら───」
『ゥ……』
何か言いかけた相棒の視線が、ネームドモンスターが呻いた事で
そちらへ傾く。
「───の前に。コイツにもう用は無い」
何て言ったかと思うと装備していたハンドガンを瀕死状態のドラ
イアードちゃんに向けるじゃないっすか。
「ちょーいちょいちょいちょい!待って、待ちなさいっての」
「?」
俺は慌ててハンドガンへ手を乗せ銃口を下ろさせながら。
「その子はさ、見逃そ。ね?」
「……お前、まだ意識が朦朧としてるのか?」
「ちげーよ!」
瀕死状態で這いつくばった状態のネームド、いや、俺専用と言い
切ってもいい安眠発生係のモンスターを、慈し~みの目で見遣
り。
「良いか相棒。このドライアードちゃんわね、俺の快眠を支えてく
れる貴重ーな存在なの。これからも長くお世話になる相手だよ?
もうね、枕、布団みたいな存在な訳。そしたら愛着だって湧くで
しょ?」
「そうか。……そうか?」
疑問気に呟く様子、なのにモンスターへ向けていたハンドガンを
“スッ”と下ろす相棒。
「すーなお」
「自分はマクラやベッドに愛着なんて湧いた事も無い。が、コイツ
に関して言えば生かしても倒してもどっちでも良い。ただのモン
スター、お前に睡眠を摂らせる為に利用しただけ。役目を終えた
コイツに自分の興味はカケラも無い。だからお前の意見が最優先
に上がるってだけだ」
「さよですかい」
何て、俺と相棒が話してる間にドライアードの体力は回復したら
しく。
『ォ、ォォォ。オオオオオ……』
とかお決まりの不気味ボイスを零しながら森の奥へ逃げて行く。
HPが減るとお供を引き連れ何処かで回復行動に移行するので、そ
れだね。パターン通り去りゆく安眠発生機なモンスターの後ろ姿
へ。
「さあ森へお帰りー。なんつってね」
言いながら自然に手を振り、快調な身体を動かしては動作を確
認。手とか振ったり、その場で小さく飛び跳ねてみたり。実際の
身体を動かすのと同じ様に動く手足。取り敢えず反応速度に遅延
なし、と。寧ろ良すぎるぐらいだ。
「異常なーし! 頭も冴えてマジいい気分」
「そいつは良かった。後理由は分からんが睡眠は必須らしい。だか
ら徹夜何かで蔑ろにするなよ?」
「おう!(何も覚えてないフリ、何にも覚えてないフリ。そして約
束はしないッ!)」
「……」
心でも見透かしてるのか、俺を疑いの目で見遣る相棒。
んまあ別に俺ってば記憶喪失じゃない。
なんで、当然気分が悪くなって自室で倒れたって事も覚えてる
し。何なら真っ白でキレイな、まるでアニメ表現よろしく純白の
嘔吐を吹き出した事だってちゃーんと覚えてる。“相棒から逃げ
た”って事も勿論。だから俺は相棒に気が付かれないよう、細心
の注意を払いつつ、自分は倒れる前を覚えてないですよーとか装
い。相棒から見えない位置で、手でショートカットアクションを
実行。位置情報の偽装を施して逃げ出そうと準備したんだけど─
──
「ならもう話せるよな?」
「ッ!?」
相棒の野郎は言葉を飛ばしたと同時。お得意の予備動作ゼロから
の最速射撃を此方に撃ち込みやがった! でも此処はPVP適応外フ
ィールドだしーおまけに弾は俺の足元に着弾。ウププ。
「はーずしてやんの! だーからシームレスショットは魅せプの
域を出れないとアレほどなぁ!」
「外してない」
「ヘ?」
瞬間。足元で小さく閃光が瞬いた気がする。あ、これまず───
「アビバビビビビビビビビッ!?」
撃ち込まれていたのは着弾地点にて小規模爆発を起こし、範囲に
スタン効果を付与する弾丸。つまり炸裂弾でした。
ハンドガンタイプの物なので爆発規模は極小規模。つまり俺だけ
がスタンを受けちゃうんですねーこれ。コイツはスタン効果のレ
ベルだけは高く、並の対策では防げない代物。代わりに専用特殊
弾必須で、制作にしろ買うにしろ色々とマネーが掛かり、効果時
間も極々短い。更に更に連続使用ではスタンの確率もガクッと下
がっちゃうのだ。でもここまで制限掛けてもまーかなり優秀なス
キルショットなのよ。
相手の行動一つを潰せるってのはPVE、PVP両方で見てもアドバ
ンテージだろうしね。……最低条件の“当てる”ってのクリア出
来ればね。後一応コレ識別無効タイプ、つまり敵も味方も関係な
く巻き込むスキルって事。だから俺はこうして身体が動かねえ訳
だ。ただ今回の相棒の使い方は間違いなく迷惑行為のそれだけど
ね! 良い子はマネしないよ!
「ハラスハラス、ハラス行為なんですけどー!」
「なら運営にでも通報してみるか?」
「おおおま、俺が出来ねーの知ってて言ってるだろ!」
「じゃあ仕方ないと諦めろ。……こうでもしないとお前は逃げ
る。逃げる選択肢がある時は寸分も迷わず絶対に逃げるヤツだか
らな、お前。大方今度は自分のIDに偽装を付けて逃げる気だっ
たんじゃないか?」
「え?そんな事無いですけど? 全然ないですけどッ!(こんな
時でも流石相棒と思っちゃう!)」
相棒はちょっと首を傾けて見せ、俺の側へノイズフィールド発生
装置を一つ固定。これで俺は転送での逃げ道が潰された訳だ。
ので、後は走って範囲外へ逃げるしか道が無いけど……。相棒の
エイム力は俺が一番よーく知ってる。ぶっちゃけ“当てる”類の
プレイヤーだ。でもー此処ってば障害物多いし、敏捷性信者な俺
の方に分があるんじゃないかな!
「……」
心の中で走り逃げてやると意気込むと、相棒がコートの裏に手を
持って行き、中から円状の金属板を取り出しそこらの地面に放
る。すると投げられた物体が“ピピ!”っと機械音を一度鳴らし
た。あれは、あれはッ。
「モーショントラップまで使うかよ!」
「当たり前だ。大抵の奴なら揺らがないが、本気のお前に逃げら
れたら流石の自分も当てる“自信”が揺らぐ。自信の揺れは照
準、感覚のブレへ繋がるからな。万が一も起こりうる。
だからこうしてモクを撒かせてもらった。モクならPVP関係無
く視界を奪えるからな。
お前、視界系には自信がないだろ?」
「ああそうだよ! 相棒のお前が持ってるからね!」
考えるに。
俺が逃げたらトラップを一斉に手動起爆してスモーク散布。視界
不良の中で障害物を避けるのは難しいし、何よりも相棒は“目が
良い”からなぁ。勿論ゲーム的な意味でだけどね。
反対に俺ってば視界系はそうでもないのよ。相棒が取ってるのに
被せるのもねぇ。個性って大事だし、俺のビルド的に視界系が重
要じゃないってのもあった。後基本相棒とは協力しかしないか
ら、俺は自分の不得意を相棒の得意で埋めるビルド構成を目指し
たからね。協力ゲーの醍醐味は、やっぱ友達との共闘じゃん?
な訳だから。スモークの中だろうと俺の事が相棒には強調シルエ
ットで視えるはずで、相棒ってばそれ関連のアビリティ、スキル
がすんごい充実しちゃってるのよ……。あーこりゃ逃げんのも厳
しいか。
「さて」
相棒が此方に近付き、スタン状態で動けない俺の側で昔のヤンキ
ーって人たちがしてたらしい、伝統的ヤンキーな座りをして見せ
つけ。
「あり得ない嘔吐───自体は今はいい。問題は原因と再発防止
だ。恐らく無茶な徹夜の所為だろうから、再発を防ぐには徹夜を
しない事が一番だろう」
「約束は───」
「できるよな?」
「───あい」
相棒の威圧感すんごい。まあ俺ももうあんな気分はゴメンだし
な。
「次に何故そんな“無茶な現実逃避”をしたのかだ。当然理由
を話してもらうぞ?」
「……(あーナルホド。あのテンションって逃避から来る物だ
ったんだ)」
俺以上に俺の事を分かってるらしい相棒が説明を求めて来やがっ
た。……一瞬のスタン効果も消えた体を動かし、相棒の正面で胡
座をかいては。
「理由って言われてもなぁ」
「取り敢えず、そうだな。お前にそこまでの“逃避をさせたのは
何か?”今一番自分が知りたい事はそれだ」
声がマジなトーンの相棒。このモードの相棒を誤魔化すのは難し
い。だって過ごした時間が長いからねぇ。話の逃げ方、ぼかし方
もバレちまってるし、何なら得意げに話したりもしたもん。
あーあ。腹くくって話すっきゃねーか。……つってもなぁ。
「マジな話しさ、お前に話して良いかちょい微妙なんだよね」
「……」
相棒は無言で俺に続きを促す。
「多分察しちゃってると思うけど、これがまた何でって感じに、
不思議系な話な訳。でもさ、俺自身の特殊過ぎる不思議なら百歩
譲れる、譲れたよ。だけど俺以外で、しかもスケールが大きいか
も知れない、面白くて不思議でクソ面倒な事に発展しちゃうか
もー……な話しだとさ。やっぱ別じゃん?」
ゲームの中で本当な神様、つっても自称だけど。そんな奴がいる
んだよーんとか普通は信じられない。危ない妄想か想像豊か過ぎ
る危ないヤツの話しで片付くよね。けれど相棒は俺の特殊な状況
を理解してくれたレアなタイプ。しかも俺が教えた住所が嘘で、
本当は中身が生きているかも知れないとか疑わず、会った事も
ねーのに確認までしてくれた良い人なんすよ。
だから、話せば相棒はまた理解してくれるかも知れない。けど話
すって事は秘密を共有する事で、あの面倒事に相棒をも巻き込む
って事に繋がる。相棒はただの一般プレイヤーだし、俺の大切な
長年のフレンズだ。その……親友を面倒に、本当の厄介事に巻き
込むのは嫌だ。これはゲームの中だとか外だとか関係のない話。
「ハッキリ言うぜ? 俺はお前を面倒事に巻き込みたく無いの。
だからもう聞くな、聞かないでほしいのよ」
「……そうか」
「……おう」
何これ気不味。心底気不味~い空気だなと思っていると、相棒が
“スッ”と立ち上がるので、釣られて俺も立ち上がる。話もこれ
で終わりかな? と気を緩め、仲が壊れないと良いなとか考えて
いると。
「のわ!?」
俺の腕を相棒が突然掴み、“ぐい”と力任せに引き寄せ。
「なあルプス」
「ななななんだしょうッ!」
引き寄せられた先には相棒のダンディおフェイス。互いのキャラ
メイクな身長的に俺が少し下で、体勢的にも見上げ、見下される
位置関係だ。うん、だから何でお前は毎回毎回近いんだよ! 特
に顔がよお! キョドる俺にも構わず相棒が話す。
「もし、もし自分が面倒な事に巻き込まれたのなら、お前はきっ
と自分を見捨てないと思う。いや、見捨てなかった」
「んーどうだろうねそれはッ。言ってどうかとおもうけど、実際
分かんないよソレ! マジその場面にならんと!」
静かな声で言うな言うな。目覚めるから、俺ん中であらぬ方向性
への扉が“ガッタンガッタン”騒いでっから! てかこんな事す
る子だったかな君? これセクシャルな方のハラスメントじゃね
ー?じゃねじゃねー?
「自信、信頼、確信。その全てがお前に関してだけは、自分の中
で確かにあるんだ。だってそうだろ? 今だってお前は『巻き込
みたくない』って自分に言ってくれた。気遣いのできる優しい奴
なんだ、ルプスは」
「そそそーそっすかねぇぇー!」
あぁ~タイプ変化しちゃうぅ! ノーマルがアブノーマルに変化
しちゃうって! ……いや? 同性愛ってばノーマルか。アブノ
ーマルじゃねえよ、な? ラブなフォームは人様それぞれだし─
──って違うから! 今そこ重要ポイントじゃないって、しっか
りしろ俺!
「んな信頼とか確信とかあるなら信じてもう聞くなってぇー!」
「ああ。そんなお前が聞くなと自分に言うなら、自分はもう聞か
ない」
「うわ急に素直じゃん」
「当然だ。お前の優しさを自分は無視したくはない。此方を、自
分気遣ってるルプスに無理やり聞き出したりはしない。
でも忘れるなよ? お前の行いを迷惑だなんて、自分は絶対に思わ
ないって事を。だから───」
「あは? だからもっと“俺を求めてくれ~”って。なんつってな
んつって?」
「!!!」
「いやいや頼ってくれ、か。ごめん今のは変な空気に流されー…
…───?」
雰囲気に流され早口でキョドる俺は気が付くのに遅れたが、何故
か相棒は固まって居たりする。此方を見詰めて。おいおいおい、
本格的にどうするよこれ。このままだと俺に穴が空きそうなんで
すけど?
何故か機能停止たした相棒。取り敢えず掴まれた腕を返してもら
おうと腕に触れた所、その手をまた相棒の手に取られ。
「今、自分の───」
薄く笑い何かを言われようとした所で。
「「!」」
二人で辺りの異変を感じ取る。
ソレは俺達の直ぐ側に光源として現れたエフェクト。つまり転送
の予兆ってヤツで、誰かが今、此処に飛んで来てるって事。
相棒が設置したノイズフィールドは俺を飛ばさない様にした者だ
し、そもそも逃げるモノを留める物で来るモノを止める物じゃな
い。
だから、発生した光源がいっそうの光を一度放ち、眩しいエフェ
クトが収束した後には。
「はー……。転送とはこうやって飛べるモノなのですね」
俺行きつけの酒場で働くNPCなウェイトレスさんで、実は自称
神のお仲間であるらしいリストゥルンさんの姿を確認。彼女は
“キョロキョロ”辺りを伺う様子を見せ、やがて直ぐに此方に気
が付く。
「!」
何故か一瞬固まり。
「お二人は───」
彼女の言葉の走り途中で“ハッ”と俺は気が付く。
今の俺と相棒の構図は、相棒に腕を握られ至近距離で顔を見詰
め合わせている状況。これって見様によってはさ。
「───どう言ったご関係なのでしょう?」
リストゥルンさんが表面上“にこやかに”と尋ねる。
ああうん。もうこれ絶対に誤解してるヤツじゃんんんんんんんん
んん!
薄暗い森の中。
男性キャラ二人が手を取り合い、彼らを女性キャラが一人見詰め
ていた───
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