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第四十二話 昼の顔、夜の顔
───空色の青年が画策し続け幾日。
サービス開始日より幾度と迎えて来た夜が、また仮想世界包む。
夜に満ちた仮想の町『テ・セラ』
日が陰ようと町の明かりに陰る様子も無く。友と次の冒険へ向か
う誰か、或いは一人でデイリークエストのお使いに駆け回る誰そ
れ。誰も彼もと目的の場所を目指し歩を進ませる。彼らプレイヤ
ー達のその姿は、まるで輝く軌跡の様に町を駆け巡っている。
現実とは違い夜であろうと決して絶える事のない人気、この不可
思議たる夜の顔をすら、常識と見せる仮想世界。
仄かに暗い視界、落ちた陽。昼とは違う様相を存分にと楽しむ人
々の姿。仮想でこその常識、寝ずの投影物達に依る宴。
彼らの容姿は人のようであったり、耳の尖った美形であったり、
逆関節に羽の腕を持つ鳥人に、悪魔然としたモノと。実に様々で
はあるが、皆楽しげな様子に違いは無い。
ああ今日も誰か、或いはナニカがエリュシオンを楽しみ。何事か
の声を響かせるのだ。
夜の町。
現実との時間間隔を弄られる事の多い仮想世界では、プレイヤー
達が寝ずに夜を過ごす事も多々ある。実際の現実時間ではまだ就
寝時間では無いからだ。取り分け、このエリュシオンと言う仮想
世界はその時間齟齬が大きく、夜の賑わいも他と比べれば圧倒的
だ。
寝ずに過ごす事の多い彼らには最早夜等慣れ親しんだモノ。しか
し、それでも彼らは幾度幾千と訪れる夜をまた今日も楽しむ。夜
と言う意味時間が彼らを浮かせるのか、彼らが夜そのモノに浮か
れるのか。
その様にして夜には夜の顔を見せる『テ・セラ』にて、一組の女
性キャラクターが町を歩き進んでいた。
一人はショートカットの髪にTシャツ短パン姿と、現代的かつ身
軽な格好をした、活発そうな女性キャラ。彼女の隣を歩くもう一
方、ブラウスにショートケープ、ロングスカート。更にメガネを
完備と。まるで司書の様な装いの女性キャラ。
二人は最小化表示にされた仮想インターフェース、デジタル描写
の小窓を時たま見つつ、町をひた歩いている。
暫く歩いた後。司書の様な大人しい格好の女性が小窓を長く確認
しては。
「あっち……かな?」
「ホント入り組んでるよねぇ。あーもう何で此処まで裏道を作り込
むかなぁ~」
現在二人が歩くのは大通りから少し離れた場所。
二人の女性キャラは同時に小窓を覗き込み、表示されていた町の
地図を確認しては、画面から顔を上げ互いを見合い。
「「でもワクワクする───!」」
笑みを浮かべ言葉を、目を細め、視線を重ねた。
「あ、そうだ知ってる?
此処の町の話かはちょっと分からないんだけどね、何処かのマン
ホールの蓋がね、一つだけ模様が違う場所があって、それが何か
の目印って話しなの! しかもしかもね、蓋に乗って正しい呪文
を唱えると……ビックリ!別の場所に跳べるんだって!」
「また新しい噂を仕入れたのね。てか何それ? 制作スタッフの
遊び心ってやつ?」
「ううん分からない。スタッフ以外の誰かが遊びでやたって話し
や、制作スタッフも覚えの無い座標ミスだって話は聞くんだけ
ど、本当の所は存在も含め誰も知らないし、SSだって上がらな
いんだよ!」
「SS上がってない時点嘘でしょ。でも、何かそう言う話し多いわ
よねーこのゲーム」
司書風の女性が興奮した様子で一呼吸を挟み。
「そう、そうでしょ!? こ、このエリュシオンにはね、他の
VRサービス以上に“逸話が多すぎる”んだよ! なのに皆『VR
空間での都市伝説は予め制作側で用意されたフェイク』って軽ん
じちゃってるんだから! 此処まで作り込まれた仮想世界なら、
不思議に遜色なんて無いはずなのに!」
興奮気味に『もっと楽しむべき!』と言葉を零す彼女。
まるで夢見る、いや追いかける乙女な様子を見せる彼女は、引き
気味な友人へ控えめに顔を寄せ。
「だからー……ね? 今度は此方の噂も調べに、行こ?」
「えぇーまたー? もーホント、アンタってばそう言うのばっか
り探してるよね。リアルでもそんなだからってエリュシオンに誘
って見たら、リアル以上にその趣味へハマるんだもんなぁ……」
「だ、だって! VRMMOがこんなに凄い所だって知らなかったも
の! それにね?此処のイースターエッグ、ミステリースポット
系は本当に凄いんだよ? プレイヤーが作った物と運営が作った
物の見分けもつかない何て、こんなカオス他じゃ考えられない事
なんだから!」
「他なんて知らないでしょ?」
「此処にハマってから色々見てきたよ!他のVRサービス!」
興奮した司書風の女性キャラへ現代風の女性キャラが呆れ顔で
“ハイハイ”とジェスチャーを絡め宥め。
「分かった、分かったから。付き合ってあげるから。
はぁ……アンタが楽しんでくれてるみたいで、誘った此方も嬉し
いわよ全く。でもその次は出来れば戦闘のある探検にしてよ?」
「えー……」
「『えー……』じゃない。この前ライブラリ・アイランドのイー
スターエッグ探し手伝ったんだから。そろそろバトらないと此方
の体が鈍っちゃうの」
「VRに鈍るとかは無いと思う、よ?」
「んーん。『心技体。高みを目指すのであれば、一つとして疎か
にしてはなりませんよ』って先輩が言ってから。だから心が鈍っ
たら大変なの、大変に違いないの」
「(うーん……。陸上部なのに幻剣部の先輩のアドバイスって、
それ意味がちゃんとあるのかなぁ?)」
二人は暫し仮想から現実へと話題を変え雑談を繰り広げ。話が一
区切りと付いた頃、再び仮想の地を歩き出した。
「でもさー本当にあるのかなー」
「どう……かな。でもかなり噂になってるんだよ?」
現代風の女性キャラが『ふーん』と呟き。
「アタシ結構此処のエリアとか、町作りや雰囲気が好きでよく遊び
に来るんだけど、そんな噂今まで知らなかったわよ?」
「知らないのも当然だと思う。だって今探してるのはね、ここ最近
急に出てきた噂なんだよ」
「ナルホドね。でも珍しいじゃん、新し目の“噂”を確かめようだ
なんてさ。古い方が好きなんでしょ?」
「うん。古いモノ程曖昧で、確かめ甲斐があるからね!」
友人な女性が『古すぎて結局真偽不明で終わるけどね』っと呟
き、呟かられた方は一瞬苦笑いを浮かべる。
「で、でもね。この噂だけは気になっちゃって」
「へぇ?気になる?」
「んとね、この噂なんだけど、何だか変なんだ」
「そりゃ噂何てみんな変な物ばっかでしょー」
「そうじゃなくって! 内容じゃなくて広がり方って言うのかな。
端正に作られたモノって言うか……。兎に角広がりに質を感じ
たの」
「へー……質ねぇー……」
「あ、興味無い時の反応だ」
「! え、いやぁー……。えへへ」
「もー!」
どうやらこの二人はゲーム内で囁かれる噂、とやらを確かめる積
りらしい。二人は薄明かりで照らされた裏道を、噂の話をしなが
ら歩き続ける。
「で。噂ってどんなだっけ?」
「ん。確かそこは夜にしかやっていない妖しいお店って噂で、入
るには合言葉? が必要って話しなんだ」
「合言葉ねぇ。ぶっちゃけパスワードがいるお店ってエリュシオン
じゃ結構ある気がするし、何ならこの前もそう言って合言葉を色
々試してて、試しすぎて最後警告メッセ出てきて怖い思いをした
ばっ───」
「うん!妖しいよね! あー確か情報だとこの辺りのお店がー!
それに、今度のは店内の様子が一切出てこないからすっごく不
思議なんだけどなー!」
「……はぁ。怖い見た目のキャラが出て来ないといいな」
現代風の彼女は“仕方がない”と言った様子で付き合い───や
がて。
「「……」」
夜間営業の店を探し歩く彼女たちは、一つの店前で歩を止めた。
しかし店は既に営業が終了しているらしく。ガラス窓からは店内
で明かりの灯っている様子は見えない。人も光も、音すらの気配
も無い暗い店内だけが、外から伺える。
「場所的にはこの辺りなんだけど……。噂だと“誘い火が目印”
って話しなんだけ、ど」
「誘い火ぃ? 何か其処まで来るとホント嘘っぽいわよ」
言いながら現代風の女性が店の側面へと歩き出し。取り残された
方は手の平サイズの小窓で何やら文字をスクロール。
「うーん噂って他のが混ざったりするからなぁ。でもこれ、行った
事があるらしいって人たちから何回か出たワードだし……」
「!」
側面を見てきたらしい女性キャラが足早に戻って来ては、小窓を
覗く友人の肩を揺する。
「もしかしたらこの誘い日ってのは多分比喩か何かで……?」
誘い火について呟く司書風の女性が揺すられた事に気が付くと、
現代風の女性は足早に離れ手招く。
「!!」
「???」
それは正面から側面へ、そして呼ばれた者が建物側面中腹へと導
かれ。
「誘い日って……あれじゃない?」
「……ランプ」
友人が指を差すは建物側面、その中腹辺りの壁には、吊り下げら
れランプが一つ。今にも消えそうな程度の明かりを灯すランプの
側には扉があり、扉の前には一人の女性キャラの姿も。静かに佇
む、金色の髪をしたウェイトレスらしき女性。
二人はウェイトレスの側まで近付き。
「……」
「(ど、どうするの?)」
「(どうしよう。人が居るってのは聞いてないし、は、はじめての
タイプだ!)」
「(え。まさか合言葉ってキャラに言うの!? 普通はに扉で
しょ!)」
「(わーどうしよう!)」
「(アタシに泣かれても困るんだけど!)」
取りあえずで側へ行ったは良いが、先を考えない行動であったら
しい。二人はどうしようかと互いに言葉をぶつけ合わせ、焦る。
彼女たちは目の前の人物がNPCかどうか、それを確かめる事は
しない。何故ならNPCだとしてもこのエリュシオンでのNPCの対
応は自然のそれ。多くのプレイヤーはNPCと分かっていても、
相手が意志あるモノと感じ対応してしまう。物言わぬ人形をぞん
ざいに扱えぬは人の良心かそれとも……。
詰まり、相手が似姿言語を真似た人形だとしても、だからこそ緊
張や気遣いが自然と出てきてしまう。この二人もその類の者だっ
たからだ。
二人がウェイトレスキャラの前で緊張に身を縛られ始めた頃。
「あの、何か御用でしょうか?」
「(そっちから声ッ!)」
「(掛けてくるんだ!)」
佇んでいた女性の方から声を掛けられてしまう。
緊張に体を強張らせる二人は互いの顔を幾度も見合わせ、最終的
には友人に睨まれた司書風の女性キャラが意を決し。
「あ、あ、あの! “オリエンタルランプは何処にあります
か?”」
「……では此方へ“カード”をお願いします」
「「(カード!? って何ですか!)」」
カードを要求したウェイトレス女性が片腕をランプへと指し示
す、が。二人は彼女からの要求、カードを持ち合わせてはいない
様子。要求に応えられない事に気が付き、表情のないウェイトレ
ス女性が。
「? 困りました。カードをお持ちでない方は───!」
「「?」」
女性の顔が一瞬背後。背にした扉へと向けられ。
「───畏まりました」
一体誰への了承の言葉だろうか? そう二人が考える間もなく、
言葉が発せられると同時、ランプの細々とした灯りが強さを増
す。弱々しかった灯りが深い青色の光を闇夜へ示す。揺らめく
様は何事かを誘うような、冷たい妖しさ秘めている。
演出されたそれらに女性キャラ二人が期待と緊張の表情を見せ
る中、ウェイトレスの背後。木製扉の鍵が“カチャリ”と開く
音を辺りに響かせ。独りでに扉は開き。
「オリエンタルランプへようこそ───」
開いた扉の向こうから“タキシード姿の麗人”が現れ挨拶を飛
ばし。
「さあどうぞ此方へ」
「「!!?」」
彼、いや彼女は混乱する二人を店内へと迎え入れる。
誘われるままに中へ二人が足を踏み入れれば、店内に置かれた丸
テーブルには藍色のクロスが掛けられ、薄青い光を主要光源色と
し、整えられたシックな光が店内をひんやりと満たす。
あちら此方にタキシード、スリーピーススーツ、執事服にビジネ
ススーツ等などといった装いを、見事なまでに着こなした女性。
魅力的な男装麗人の姿も見受けられる。
麗人が相手をするは皆女性キャラ、と言っても純人型に魔物の様
な姿の者まで混在しているが、全部が全部性別でメスと分類され
るであろう者ばかり。
「?」
「! ……!」
「……。………」
麗人は凛々しくも艷やかに振る舞い、客である彼女たちを喜ばせ
ている。
「ほほ、ほんとうだったんだ! 夜の町の、夜の、夜妖しい!」
「アヤシイシツレイ! あ、そ、わ、わわ! はじめてなんだけど
アタ、アタシこうお店ッ!」
「ふふ。お席へご案内しますね、可愛いお嬢様」
「「!? はいぃッ!」」
この様な趣向への耐性がないのか、それとも男装麗人の控えめな
笑みに見惚れるてしまったのか。噂を確かめに来た女性キャラ二
人はあれよあれよと席へ誘導される。青に釣られる蝶が二匹。
そんな彼女たちを見詰める視線が一つあった。
視線の主はバックヤードから店内を覗く、空色の青年───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───店にまた新しいお客様がお訪れ、接客担当がバッチリとそ
の心を掴んだ様子。むふ、むふふ。
「何でこんなんで……お客がいっぱいなのよ……」
隣には一緒に覗くロリ神様。あれ以来俺について回って来るので
ちょっとウザイ。
「これじゃ……失敗して……オーナー…ゆ…」
「(不穏気な事をブツブツ言ってんなぁ。まあスルーするけど
ね)」
この自称神様なロリっ子は、俺がこの館を彷徨く間中ずっと付い
て回って来ていた。それだけ一緒の時間を過ごせばメンドウを避
けれる位には慣れるってもんよ。ただまあ、今日はコレに加え。
「本当に驚きです……」
驚きながら何度も頷くリストゥルンさんに。
「ええ本当に。ただ男装しただけでこれ程人が来る物なのでしょう
か?」
「入場制限までしててこれだからな。相当な当たりだろう」
ミランジェさんと相棒の姿も。四人は一様に驚いた様子でホール
を見ては感想を各々呟く。四人がホールを覗くのをやめ、自然と
此方へ向き。その内の一人。
「一体何をしたんだ?」
「「「……」」」
相棒の問い掛けに他三人も気になっている様子で、相棒に続きロ
リ神様が口を開き。
「あんたお店の経営経験ないって言ってなかった?」
「んー経験ないよそんなん」
「じゃあ第一現実で?」
「そっちはもっと無い無い。使うよりも使われる方ばっか(だか
ら“第一”ってなんだよ)」
「??? おまえ、はもしかして……天才、なの?」
とうとうロリ神様壊れる。
天才ねぇー……そいつはどうだろう。前より客が増えたけど、そ
の一番な理由を説明するのもなぁ。
「単純な話だろう」
「あ、おい!」
「「「?」」」
相棒が言おうとしてる事を止め───
「比較対象の“前が酷すぎただけ”じゃないか?」
「!??」
「「……」」
一人が衝撃を受け、一人が平静、一人が苦笑いだ。三者三様の様
子を見せた後、ロリ神様に気を使ったのかリストゥルンさんが此
方を慌て見ながら。
「で、でも、それでも此処までお客さんが来てくれるものなのでし
ょうか? ルプス様が行った事は店内で私達の様子を見ていただ
けの様でしたけど……」
「そうですね。私も其処は気になっていました。何故こうも上手く
回ったのでしょう?」
不思議がるリストゥルンさんとミランジェさんの二人。おまけに
ロリ神様に相棒も此方を見ている。うーん。まさか『俺もぶっち
ゃけ驚きです』とは言えんしなぁ。
客は増えたと言っても、あくまで前より“は”だ。爆発的人気店
って訳じゃあ無いしね。
「そっすねぇー……。まあ上手く言ったのは他の成功したお店を参
考にしたからってのが大きいなぁ」
自由度高く、想像の限りを仮想へ実現させる。
とかってキャッチコピーが宣伝に使われるエリュシオンちゃん。
エリュシオンちゃんはよく見る広告に恥じない最高のゲームなの
で、此処では当然冒険だけで無く飲食とかも普通に楽しめちゃ
う。だから飲食店って形のショップが幾つかゲーム運営、プレイ
ヤー間で経営されてもいる。後実際に存在するお店がゲーム内で
もお店だしてたりね。一種の宣伝、マーケティングで。
「(ゲーム内で飲食して、その気になって現実でも宅配を注文、と
かは良くあるパターン。俺も周回とかしてると夜食をよく頼んだ
なぁー)」
ゲーム内飲食店を利用するのは主に冒険前、後、での雑談だった
り。一般生活を楽しむ雰囲気上げだとかだ。んま飲食にはバフが
存在してて、更に調理スキルで作成された食事系はバフ効果が高
いってんで、そっち目的での利用が一般的かな?
他だとゲームとリアル、両方で同時に御飯食べるとかね。
「(フルダイブ型とかでも体のリンクを半分まで下げて、キャラの
食事行動をリアルの行動に合わせるとかしたっけ。全く同じ物を
食べて無くとも、ゲーム内補正でそう動いてくれるしね)」
まあVR世界共通のモノとして味覚、嗅覚、触覚に置いては依存性
やら必要欲求を刺激し過ぎないよう措置が施されちゃってる。
ので、例えば剣を握るのに手の感触に違和感は無いけど、手と手
を繋ぐ行為だと感触が途端に希薄になったりだとか、食べ物は全
般的に味が薄いとかね。どれも虚構症候群の対策って事らし
い。その所為で此処では異性キャラと手を繋いでもドキドキは得
られないのだ……。
「(っつてもまあ違和感は感触だけなんで、雰囲気や精神的な高揚
はやっぱ楽しめたりするのよね! ゲーム内デートとかって文化も
生まれる位には!)」
ゲームに感触感覚を制限されても、人間の感情までは制限できな
いのだ。
だからゲーム内でデートしちゃう人達は多いし、そんな人種に人
気な飲食店ってのは結構ある。人気ジャンルだからこそ雰囲気で
勝負のお店とか、店名や抱えるシェフでのブランドだとか、色ん
な差異で勝負してるお店がいっぱい。
例えば実在するお店が運営してる所とか、またある所だと調理ス
キルを極めた鉄人系プロゲーマーを専属シェフとして雇ったり。
プレイヤーが経営する人気店にバーチャルアイドルとかがウェイ
トレスに招かれたりだとか。盛んなのよねー。
俺はそれら人気店様の経営体型、宣伝戦略ちょっとばかり参考に
させてもらっただけ。
ま、プロもアイドルも雇えないので主に家具の配置だとか証明効
果とかその辺をね。プロを雇うのは無理だけど、プロのデザイナ
ーが作った凝ったお店何かは、作ったプレイヤーが凝った部分の
説明とかを自分のSNSとかに載せてくれてるからね。そいつをあ
りがたく参考にさせてもらったのさ。
「……つまりはパクリか?」
「違う。オマージュ、それかリスペクトって言いなさい。それに丸
パクリは一般プレイヤーは勿論“白の連中”に目ぇ付けられちゃ
うからね。ちゃんと此処の強みとかを考えてオリジナリティな割
合多めだぞ!」
「ふ」
「『ふ。』じゃねーよ! ったく」
因みに当然やっぱり他店丸パクリは流石に怒られるし、悪質と
“白”に連絡されちゃったりして、そんで白様が動くとなれば大
変面倒な事になるからね。ゲーム内自警団コワイ。
心配を装った相棒のちゃちゃにツッコミを返し。
「んーで。まず俺がお店を立て直すのに必要だなーと思った物
は───」
俺が立て直しの為に何をしていたか、それを四人へ説明する事
に。
此処はエリュシオン。ゲームの中だ。その中でお店を経営するの
だって当然リアルとは違う、此処でこそ必要と成るモノは“接客
対応、話題、そして謎”だと俺は思う、思った。ので、それらを
一つずつ実践してみる事にした。まずもって接客。
「この店に足繁く通ってたから分かるんだけど、正直店員の接客態
度って冷めてるって言うか、どっか事務的過ぎたんだよねぇ」
「そうか? 自分には愛想の店員だと思ったが」
相棒の言葉を肯定する意味で頷き。
「確かに愛想は良かったよ? でも前にロリ神様にも言ったと思う
けど、お姉さん達からは何かこう、壁?みたいなものを感じたん
だよね~。こればっかりは俺レベルじゃないと分からないかもし
んないけどね!」
「そう言えば経験数が多かったな、お前」
「そらーね」
「「「?」」」
相棒の言う経験数と言うのは、俺がこのエリュシオンで“キャッ
キャ”してきた相手の数の事。ふ、出来る男は自慢なんてしない
ぜ。……してもミランジェさんやリストゥルンさんに引かれちゃ
いそうだし。ロリ神様───はどうでも良い。
それにしたのは“キャッキャ”であって“にゃんにゃん”では無
いからね。幾らなんでもこのゲームで“にゃんにゃん”は出来な
いぜ……。出来ても“ウフフ”までが限界よ。
と。俺は相棒とだけ通じ合うネタで楽しみ、周りにはネタ説明せ
ず話を進める。
「まー本人達が意識してか知らずか分からなかったから、俺が個別
面談したりして個人個人に接客を楽しめる、楽しむ方法何かを一
緒に模索したり。俺が分かってる範囲で楽しみ方ってのを教えた
りなんかしてみたのよ。まず───」
俺は協力者と言う立場を得て外から内へと視点、立場を変える
事に。その変化はお姉さん達の行動を知る良い切っ掛けで、営業
後に何をしているのかを初めて見る事が出来たのだ。
「(……驚きの実態を、ね)」
お姉さんは業務後に何をして過ごすのかなと、わくっわくで観察
させてもらった。結果はと言うと、何と寝ずにずっとお店に居る
のだ、ずっと、ずーーーーーっとね!
それが清掃とか整理とかしててくれるお姉さんはまだ良い。だけ
ど雑務の無いお姉さんたちは本当に“何もせずただ其処に立って
いるだけ”なのよ。まるで電源の落ちた人形がお店のあちこちに
置かれてるみたいな。バックヤードに点々とね。マジ、怖いって
感情を激しく揺すられたね。他の誰も気にした様子が無いのがま
た怖くって……。
まあそんな訳で、俺は何故そんな状態で待機してるのか事情を聞
いたりしてみたのだ。心底ビビりながら棒立ちのお姉さんに話を
聞いてみると、驚くほど普通に会話が出来た。
聞けば、お姉さんたちには家ど頃か帰るって発想も無く、酒場の
業務と自陣営の勢力圏見回り保守だけが百パーの生活だとの事。
それ以外ではロリ神様に用事を言いつけられない限り、こうして
お店で待機するのだとか。
「(あの時初めて中身人間じゃ無いって事を痛感して“ゾッ”とし
たなぁ)」
幽霊の様に、オブジェクトの様に、都市伝説に出てくる受け答え
のないNPC、或いはゴーストの様に店内で立ち尽くす姿は恐怖そ
のもの!ダメ押しに、話しかけると普通に対応されるのがより一
層恐怖心を煽ってきたね。とは言え、足竦む思いながらも一旦恐
怖を無視する事にした。話し進まないしね。
んで、まず接客云々の前に彼女たちにはゲームを、エリュシオン
を楽しんだり癒やしってのが必要だと思い、ほぼ使われてない宿
泊フロアをスタッフ専用の仮眠室として区切り、自分の時間を持
つよう仕向けさせてもらった。
待機状態のお姉さんが俺の指示を聞いてくれるか不安がったけ
ど、此処での俺はロリ神様に次ぐ立場って認識らしく、出された
指示にお姉さんたちからは何の不満も無く。従順かつ素直に従っ
てくれた。
そうして楽しむ為の職場環境作り、報酬やその使いみちを個々に
示したり何かしていたら、自然と皆の士気や感情と言ったモノが
高揚して行ったらしく。店の中でも自然な振る舞いってのが見て
取れる様に。
やっぱり心を潤すってのは人、人外問わず大事なんだなぁ。息抜
きと楽しみってのはホント大事だわ、うんうん。
「───って事をしたりね」
「あー!」
「成程。環境改善で意識を揺らし、同時に乙女の趣向を掴みあの様
な……」
面談を受けたリストゥルンさんは納得顔で、ミランジェさんは何
か経営戦略の事を小さく呟き頷いて居た。
「……」
相棒はと言えば俺を『お姉さん達と話したかっただけだろ?』と
か考えてそうな表情で見詰めてくる。実際正しい。だって見た目
は綺麗なお姉さんだしね?
「そ、そんなんでぇ? 超簡単じゃない。そんなもの、おまえがし
た事のうちに入るの~?」
ロリ神様に至っては“認めないぞ”と懐疑的な態度を隠そうとも
しない。ほほーん?
「まぁ~ああ簡単な事だけどぉ、そーもそも接客の仕方とか独学
でぇ。指導もくそも無かったらしいからぁ?」
「ッ!?」
ダメージを受けたかのように身を引くロリ神様。
「いやぁお姉さん達は本当に凄いよ。接客のコツをすごく熱心に聞
いてくれてさあ。あーホント、あんな優秀なスタッフを、誰が劣
悪な職場環境においたんだろうなぁ。
二十四時間三百六十五日、一切休みが無いとか。どブラック過ぎ
て引くわー」
オフモードのお姉様方にビビったのもそうだけど、労働環境がク
ソじゃ仕方ないと思う。
「(寧ろあの虚無感は職場関係の所為だったとすら思う。
……恐怖感すんごいんだよなぁ。だって隣通る時目が此方を追う
からね?それも無言で!)
「わた、わたしも乙女もおまえたち人間と違って丈夫だし。そもそ
も此処ってそう言うのいらない……場所……だし……」
言葉が知りすぼむロリ神様。何か寝なくとも平気的な事を匂わす
けど、そのロリっ子の部屋にはバッチリ天幕付きの、アイテムラ
ンクが偉く高そーうなベッドが置いてあったっけか。
……あれ?
「ロリ神様ってベッドで寝るの?」
「? まぁ。たまには」
「ふーん……」
俺にとっては魂を満たす為の必要行動、ゲーム内睡眠。
でもロリ神様やお姉さん達は寝なくとも平気らしい。その辺、元
の違いってやつなのかな?
んーだけど眠れないんじゃなくて、寝ないのか。俺とはちょっと
違う、のか? 普通は寝ようと思えば寝れるって事なんだよな、
多分。
やっぱ俺の状態ってロリ神様達とはちょっと違うっぽいんだよ
なぁ。差異があって当然っぽいけど……。まあ、別に今さら気に
する事も無いか。寝たきゃ森に行けば良いしね。
俺は考えのレールから脱線した列車をそのまま切り離し、再びロ
リを間接的に攻める。
「やっぱ丈夫なお姉さん達と言えど休みは必要なんだよ。つーか
さ、仕事に見合った休みと報酬をちゃーんとあげたら皆やる気
を自然と出してくれた事から、もう絶対そうじゃん」
「ゥ」
「そもそもお前さあシフトが適当過ぎるんだよ。何だよ、“朝か
ら晩まで全部仕事です”って書かれたシフト表は。狂気モンだか
らな?あれは。しかも館の仕事無い時は領地見回りだあ? それ
も仕事じゃねえか!」
「ゥウ!」
言う度面白いほど縮んで行ったロリ神様が、急に“ふんッ”と胸
をそらし此方を睨みつけ。
「お、乙女はわたしの命令を喜んで聞くモノなのよ!」
「うわ凄いワンマンブラック発言!」
「ウルサイ!」
「悪い手本の様な経営者、いや独裁者の思想か?」
「ウッサイ犬!」
俺と相棒の責める言葉にロリっ子逆ギレ。そんな主の様子にリス
トゥルンさん困り笑顔のまま固まっている。
ここはリストゥルンさんの為にも、他のお姉さんたちの為にも!
ずっと纏わり付かれた俺のストレス発散の為にも、ここぞと攻め
ちゃお。
「最初は俺も、人外だからお姉さん達に情熱が無いのかと思った
ちゃったけどね、でも違う、違ったね。
彼女らって自称人間よりも高位の存在が入ってるらしいけど、そ
れでもあの重労働っしょ? もう奴隷と変わんねー環境じゃん?
文句が出ない所は人間とは違う、ロリ神様達の上下関係からかも
知れないけど。それでも似た所、精神と心って部分があるんな
ら、そりゃ疲弊もするってもんで。要は皆疲れ切ってたんだろう
ねー」
「! ………」
ロリ神様が辺りを見て気が付く。俺達の話に耳を欹てていた裏方
のお姉さん達の様子に。あーあー……ネグリジェの裾を“ぎゅっ
”てしちゃってあざてー事あざてー事。
……。………はぁーッ。
「あー……ここ。非は自分にあるって認めて、一言でも謝れると格
好良い場面だなぁ。謝れる上司って、出来る上司って感じするかも
なー」
「!」
逆ギレからの落ち込みロリっ子が“ハッ”っとしてはリストゥル
ンさんの方向へ向き。
「……悪かった……わ。自分でも知らない間にあなた達をこき使っ
てたみたい、ね」
「ニルス様ッ!?」
「「「!!?」」」
リストゥルンさんを始めバックヤードにて耳を立てて居た近場の
お姉さんたちが、一斉に手を止め片膝立ちの体勢を取る。おおう
すげーな。
「いいえ良いのです。私達は貴方に使われる為の、その為の乙女な
のですから」
「ええそう。お前達は私の乙女。でも私は自分に尽くす者への敬意
ってモノを忘れたわ。これからは私の乙女の尊厳を傷つけないよ
う、尽くすべき主であろうと努力する。……で、良いかしら?」
「はいッ! ああなんと、何ともったいないお言葉を……ッ」
お姉さんたちってば感動してるご様子。だけど俺って何一つ感動
もクソもない。残念な事に、ロリ神様とお姉さんたちの関係性に
俺の理解は及ばないからね。こき使われる為の存在を自負して、
使う側の……なんだ、振る舞いってヤツを示したんだよね? こ
れって感動的なシーンかなぁ? まあこのちっこいのをイジメて
楽しんでると、後でお姉さん達から反感買いそうだし。何より後
味は良い方が俺の好みだ。
そ・れ・に、こうして仲良しこよししててもらわないと。
「(軋轢でも出来て陣営弱体化なんかされたら“俺の避難所が”無
くなっちゃうし~)」
頭で新生へ維持への打算を企み。
「いやぁ~うん。やっぱこの館ってのはさ、ロリ神様あっての物だ
と思うし。うんうん」
「まあそうね。下僕、その通りだわ!」
「はい!ニルス様はあっての我々です!」
「そう。乙女と館あっってのわたし───」
意味もなくその場で華麗に一回転。からの。
「───よねッ」
「「「ニルス様!」」」
「(キメ顔ウザッ!)」
はー……。少しも謙遜しない所がすげーわホント。んま、こんな
んでも陣営トップ。居ないと居るではやっぱ居たほうが良い。
弾除け的に。
「……意識改革、労働環境改善は分かった。しかし昼と夜での業務
分け、それと男装ってのは何処から来たアイディアだ?」
「ええ。女性の男装、と言うのはこの辺りでは見ませんね」
得意げなロリ神様と、崇めるかのような視線を送るお姉さん達と
は違い。相棒は此方を見透かすかのように見詰めて質問を飛ばし
て来て、ミランジェさんはお姉さんにもロリ神様にも興味はない
様子。
二人がまともに見えるし、多分この場唯一まともな人だな。
「ん? ああ、夜の営業やめたのは、単に昼行灯って名前の通り
昼にしかやってないって印象付けと、後節約ね。男装について
は謎を際立たせる為にって感じ」
お姉さんたちへ男装をお願いしたのは、キャラメイクが素晴ら
しかったので素材を活かしたいってのと。男装バーみたいな物
がこの町には無かったので作ってみただけ。世界観的には服装
もエリアに合わせたし、いい感じにハマったね。
後は……謎だ。
「謎ってのはさ、常に妖しい雰囲気するんじゃん? 怪しい雰囲
気を感じとってくれれば、見える景色もまたそうなるのよ。見
慣れた店内でも、町の様子でもさ」
「そうか?」
「そうよ。んで見える景色が変われば特別感が出て、お客さんが
気持ちよくなってくれるんだよ」
相棒へ説明する合間。
「……宅配のチームに必ずと言わせていたのは、この時の為だっ
たのですね」
「? 何の話だ?」
仕込みを知らない相棒がミランジェさんから説明を受ける。
「宅配を行った乙女は別れ際必ず『お店は夜の営業はしてない』そう
伝える様厳守されていたんです」
「んで同時に俺が町で噂を流したのよん。夜だけやってる妖しいお店
の噂をね」
営業時間外。町のあちこちでオープンチャットの独り言を流す作業
は実に面白かった。寝ずに街中を駆け回り噂を撒き散らし、暇があ
ればSNSでステアカ作って匂わせ作業。ここ数日一番面白かった仕
込みだったなぁ。
「成程。それでさっきの客か」
「ええ。ですが、夜間営業は現在此方で選んだお客様へお配りしてい
る、招待カードをお持ちでと入れないはずでしたが……」
ミランジェさんと相棒の視線が此方に動く。分かってるっぽいな。
「いいのいいの、許可したの俺だし。
あそこまで噂をちゃんと精査してたどり着いたヤツってのは、秘密
を秘密なメンバーと共有したがるし、そう言うコミューンは大概小
さい。秘密が外へ漏れるにしても、流れる量が少量なら逆にありが
たいって話し」
流した噂を確かめに来た客は、現在テーブル席で麗人の接客に興奮
してる様子。順調順調。
「何れは客にも紹介の機会与えようと思ってるんよね。夜は女性に、
昼は昼行灯で男性客を───」
「昼行灯じゃなくてオリエンタルランプ!」
「うわビックした!」
機嫌を持ち直したらしいロリ神様が俺にツッコミ。見れば感動して
たお姉さん達は皆業務に戻したらしい。俺はロリっ子からのツッコ
ミを受け、タイミングだなと思い。
「いや店名正式に変えたから、昼行灯に。正確にはもとに戻した、か
な?」
「───ハ?」
「まあ待て!待てってば!」
ロリ神様は俺の片足を掴み握りこぶしを振り上げては、凄い形相
で此方を睨み上げて来る。
「良いか? うちは『昼行灯』で『オリエンタルランプ』なんだ
よ」
「??ハ??」
「つまりー。昼には『昼行灯』って看板表示で、夜は『オリエンタ
ルランプ』って表示される様にしたんだよ」
「そんな事したの!?」
「おお。オリエンタルランプはしかもな、初見の客には看板の文字
は見えないし、マップにも表示されない特別仕様だぞー」
一度でも利用すれば看板の文字が読めるようになり、マップに
も表示される設定。それと店内にはOOSCも施してる
ので、SSには勿論ライブも録画でも店内が映らないシークレッ
ト仕様を実現。
存在は何れ知れ渡っても、内装内部サービスは出来るだけ謎のま
まにしたいからね。
「『だぞー』じゃない! あんな可愛くも美しくも無い名前をわ
たしの館の名前にッ。したのか!」
「昼の営業だけを印象つけて、夜には店の名前を変えて趣向も変え
た訳か。話題性もありそうだが、客は女性キャラ限定か」
わざとらしく“やれやれ”と首を振る相棒。別に男性を差別した
訳じゃないんだけど? 俺が理由を話そうとした時。
「どうせお前の趣味趣向でしょ? 男は皆色欲に忠実そうだもの
ね。それにおまえらって此処に来る時は器使って、性別をも変え
れるのよね? ならきっとあそこに居る連中もやらしい気持ち隠し
た誰───」
ロリ神様が言ってはいけない、触れては行けない禁句に手を出し
やがった!
「あー君! 君それ以上言ったら俺は何するか分かんないよ!?」
「え?」
「知らないのかなぁ? 此処で、オンゲで、エリュシオン内で
中身の話はご法度もご法度! 中身の話をしたり執拗に中身を気
にするヤツぁなぁ、ミュートミュート! 『本当は中身〇〇なん
だー』とかいきなりカミングアウトする美少女キャラも全員ブ
チ転がす!」
「え?え?」
「良いかぁ? ゲームの中何だから、こそ、性別ってのは自由
で良いんだよ! それが許容できねぇとかってヤツぁ二度と俺の
視界に表示出───!」
「「「……」」」
白熱した頭が、視界に映ったお姉さんたちの視線に気が付きその
温度を下げる。
「───んん。まあなに、ロリ神様も中身の正体はボカしたで
しょ?」
「う、うん。え、でもそれは───」
「同じ、人間も同じだから。神様の個人情報と人間の個人情報にベ
クトルの違いなんて無いから!」
「───はい」
言いながらしゃがみ込み。引き気味なロリ神様と目線を合わ
せ。
「オンラインゲームの世界っての言うのはね、自由で素晴らしーい
所。だからプレイヤーが男だろうと女性だろうと人外だろうと、
どっち楽しんでも許されるべきだし許すべき」
オンゲの向こうには人間が居る。誰もが知ってて分かってるはず
の事。なら勿論。
「自分が気持ちよくゲームプレイしたいなら、他人を認める事が大
事なの。皆で遊ぶゲーム何だから努力はしなきゃダメじゃん?
んで、現実から此処に来てるのに、その現実の秘密を暴く様な行
為ってのは───万死じゃん? 分かったかな!?」
「ちょ、顔が近、近いのよッ!」
「俺の話し、話し分かったかなぁ!!?」
身を引き顔を逸らそうとするので、両手で逃げる顔を掴み固定し
てやる。これは大事な話し。初心者が聞くべきお話し。
「ビュ!?」
「ルプス様!?」
顔を押さえられロリ神様から空気が漏れ、リストゥルンさんが側
に屈み込み。ロリ神様と俺を交互に見てはあたふたしている。
俺はそんな悩むお姉さんにも構わず、掴んだ顔が“ぷるぷる”と
震え、小さな手で俺の手を振り解こうと頑張るロリ神様を睨む。
サイズ補正ありでのSTR差、とても抜け出せまい。特殊種族でも
パッシブスキルも無いだろうしね。
「わか、わかったわよ! だ~か~ら放してッ!」
「ホントにぃ~?」
「ホント! ホントもう、言わないってばぁ!」
「……よーし信じよう」
「! はぁ、はぁ、はぁ」
顔を放してやると頬を擦り息を乱すロリ神様。俺はそんなロリっ
子を見つつ立ち上がり。
「マジな話し。大抵の人を“ムッ”とさせる話題だから、あんま言
うなよ? 此処で生きてて悪目立ちしたくないなら尚の事」
「……べつに。アタシがプレイヤーと話す事何てそう───」
そっぽ向きながら生意気な事を言いそうだったので。俺は両手を
構えて見せる。ほら、ほらほら。
「あ?」
「!? わかったッ!」
全く。“今後”のためにもこの辺、オンゲに置ける暗黙とかネチ
ケット系を教育してかないとなダメかね。……後、女性限定は俺
が約得を味わうためでもあったりしたけど、それは内緒。楽しみ
って、潤いって大事じゃん?
俺はリストゥルンさんに慰められるロリ神様から視線を相棒へ移
し。
「んま~あれよね。男性キャラである俺や相棒がこうして夜間の
女性限定店に入れるってさ、何かVIP感あって……よくね?」
「ふ。かもな」
一緒に特別を共有する相棒と笑い合う。このゲーム長くやってる
けど、店の経営何て初めてだった。
幾らやっても、もうコンテンツを食い尽くしたと思っても、新し
い経験が出来るってのが、流石のオンゲだ。
笑い合った相棒が店内の様子へ視線を動かしては。
「ここまでの話しで立て直しに何をしたかは分かった。しかし本当
に、全てが最大効果で作用した結果がこれか」
「ここまで盛況ぶりなのは凄いですね。前が酷いにしても、です
が」
相棒の言葉にミランジェさんが同意を示す。
「むふ。だけどまだ俺には奥の手があるんだよねぇ~」
「奥の手?」
「そそ。それってば───」
気になっている二人へ話そうとした時だ。ホールの方が少し騒が
しくなったのは。“約束”の時間的を考えるとピッタシだ。
「「「?」」」
「お! 来てくれたみたいじゃん!」
不思議がる四人と一緒にホールを覗くと。
「!? あれって───」
「うそ。姫じゃん───」
等と一部のお客様なプレイヤーがざわめき出した店内。
視線は店の正面入口へと注がれている。其処に立っていたのは一
人の女性キャラクター。彼女は登場と共に、存在に気が付いたお
客の女性キャラ全ての視線を掻っ攫い。
「……」
「………」
案内役である男装の麗人、中身人外のお姉さんすら見惚れさせて
居た。
店の入口で圧倒的存在感放つ彼女。彼女が案内を忘れた麗人へ
“にこり”と笑顔を見せれば。
「! 席へご案内します」
「お願いします」
表立って取り乱しは見せないけど、それでも見惚れた間は確かに
あった。凄いもんだ。人外にも通ずる魅力を持つなんてさ。
歩く姿も気品に溢れ、店内の視線を一手に集めてた一人の女性キャ
ラクター。白のドレスに身を包み、これまた白と金糸で刺繍の施さ
れた手袋を愛用する彼女。見事な数値設定で導き出された金色の髪
を靡かせるそのキャラの名は。
「なんだ。レイナのヤツじゃないか」
「そそ」
「「レイナ?」」
ロリ神様達が聞き返す。
「俺のマイフレンドで、この世界じゃあ結構な有名人なんスよ」
エリュシオンは大型VRMMOで、ランキング上位に恥じない人気
コンテンツ。そしてこれだけハイクオリティな仮想世界なので、
有名人や人気者なプレイヤーってのが存在する。その種類は主に
二つ。
一つはバーチャルアイドルに人気ストリーマ、プロゲーマーから
果てはイラストレーターにマンガ家等など。現実世界でも人気だ
った人達。
もう一つは、ゲーム内で小説、イラストを作り販売しているプレ
イヤーとか、極めたスキルで鉄人シェフとして神出鬼没な出店を
運営したりして遊んでいるプレイヤー、大会優勝者に有名ギルド
のマスター等など。そう言ったエリュシオン内で生まれた有名人
達。レイナは後者だ。
ゲーム内で人気を博し、リアルではSMSとかのアカウントでフォ
ロワーを爆稼ぎましてる彼女、レイナってキャラは超絶有名プレ
イヤーだったりする。男性は勿論女性からも人気のキャラで、非
公式ファンクラブが乱立する程度には人気のプレイヤー。何が彼
女の人気かと言えば。
「……」
ただ居るだけプレイヤー達の視線を奪う、物言わぬ魅力だろう。
精巧なキャラメイク、研究された装備品のコーデ。更には立ち振
舞は勿論僅かな所作、言動や息遣いの全てに思いを込め。魅せら
れた他のプレイヤー達を引きつけ、引きつけられた視線が彼女を
益々と輝かせている。
結局の所。既に存在自体が魅力の域へと昇華されちゃってる。
他ゲーと違いVRMMOならでは、個人の動きがリアルに反映され
るからこそ生まれる、空気、場の支配力。魅力と言う観点だけで
言えば、レイナは現役アイドルとかその域に居る。
……だからこその苦労も多いんだけどね。
「いやぁレイナさんの為に店のセキュリティ上げた甲斐はあるよ、
マジ」
「ああ。雰囲気作りの為だけじゃなかったのか、店のカモフラージ
ュ機能やらのOOSCは」
「そ。ま半分は雰囲気作りの為でもあるんだけどさ」
雰囲気作りで夜間営業風景が覗けない様に成っているけど、それ
だけに留まらず盗撮盗聴にも対応されているのだ。加えて夜間お
店の出入り口のパスを態々変更、お店の路地裏に専用入り口の設
置、その他表ウラ込みでのセキュリティシステム投入等など。
いやぁ稼いだ資金を逐次投入と言う愚行に走ってしまったけど。
「何アレ……わたしの足元ぐらいには綺麗じゃない、あの子」
隣でロリ神様が呟くがツッコめない。実際ロリ神様にはレイナに
近い魅力、気品? みたいなのが見え隠れしてるからだ。そう、
このロリっ子にも人を引きつけるモノがある。あるのだ。
「んま警備強化の価値はあったね」
「しかし良くあのレイナが広告塔紛いな事に協力してくれたな」
「俺も断られっかなとダメ元で頼んでみたんだけど、したら『前回
のイベントで付き合ってくれましたものね』って快諾してくれた
のよ」
「ふーん……。あのレイナがか」
前回のイベントでレイナのレア掘りにPTやダブルスでずっと付き
合って居たのだけど。それのお礼だとか何とか。
いや有名人に宣伝目的でのお願いは心底やり辛いし、対価が発生
して然るべき物。なんだけど、今回はフレンズ価格にしてもらえ
た。
一緒に遊んだ時間の賜物よね。……後でお礼のメッセ送っとこう
と。
「さて。これで夜間営業の決定的話題は出来た訳だ。後は勝手に
人が集まって来るだろう」
「ですが招待制では客の数事態は増えないのでは?」
尋ねるミランジェさんへ俺は。
「暫くしたら招待制解除、紹介申請制へ移行するっすね。
それまではレイナ来店の噂のお店! に、入れない苦しみとか抱
えてもらいましょう。お客焦らしっすね、お客焦らし」
「成程」
俺が呼べるフレンズで一番話題性があるあろう人物を呼んで見た
けど、結果は大成功と言える。宣伝効果もありあり。現状は招待
制だけど何れは会員制度を投入しての、紹介制としたい所。客数
の把握やコントロールが楽だし、何よりブランド感があって良い
感じ。
結構安直な理由だと自分でも思う。そんな風に話している所へ。
「オーナー!」
「……」
元気よく走ってきたのはヴァラさん。序にロリっ子の冷たい視線
も一緒だ。
「オーナーオーナーオーーーーナーーーー!」
「はいはいはい。なんすか?」
「頼まれた物が出来たーって連絡が鍛冶屋さんからあったから、
ボクが取ってきたよー!」
「おーいいタイミングっす!」
鍛冶屋からって事は頼んでおいた例の追加発注分が来たか。俺は
ヴァラさんからアイテムを受け取り、直ぐにロリ神様と対する。
「ロリ神様ってさ。さっきもう乙女をこき使わない、上に建つ者と
してなんちゃら~を示すって言ったよな?」
「え? う、うん。て言うか自分で言うのもアレだけど、わたしか
なり良いこと言ったと思うの。なのにおまえには『なんちゃら~
』って記憶の残り方なの? なぐっていい?」
不安気と怒りが混じったようなロリ神様へ。
「もちダメ。んで、そんなロリ神様には、コイツを着て明日から昼
間の店に出てもらおうかなって思うんすよ」
「───は?」
「いやだってこき使わないって、上のなんちゃらを示すって言った
じゃん? ならまずはお姉さんたちの仕事を理解すべきだと思う
のよね、俺は」
「あ、いや。それはあの、オーナーとしての仕事をしっかりする
とか……」
「大丈夫。オーナー業は俺に任せろって!」
何か言いかけるロリ神様。俺はそんなロリっ子へフリフリの付い
た可愛いエプロンをロリ神様に見せつけ。
「部下に寄り添う姿勢、感動したよ俺ぇ! だからさ、その手伝い
を是非俺にさせてほしいっつか! 立派だよ、上に立つ人物とし
てのなんちゃらとか。尊敬しちゃうよ、そのために現場を知ろう
なんてさあ!」
「あの、そこまではわたし言ってな───」
言葉も呟きも拾わない。大声で、自分の主張をロリ神様の意思み
たいに広める。
「って訳で! 明日からロリ神様もウェイトレスの一員っすね!」
「え、やだ、ヤダヤダヤダヤダー!」
駄々をこねるロリ神様へそっと耳打ち。
「いいんすか?部下に寄り添うとか言っときながら、此処で拒否っ
て。それかなり……ダサいっすよ? 約束破るとかシャバいもシ
ャバイっすよー?」
「う……。何言ってるかちょっとわかんないけど意味伝わるぅ。
そだ! わたしそもそも接客とかやった事ないし!」
「それはお姉さんたちもじゃ?」
「乙女たちは元の場所で似たような事の経験があったから」
「へぇー……」
独学っつても多少は元があったのか。ナルホド。
それはさておき。俺は立ち上がりながらロリ神様へ親指を立てて
見せ。
「大丈夫っすよ。ヴァラさんが接客のマナーとか教えてくれます
し、俺も教えるっすから! んじゃヴァラさんと一緒に早速学び
ましょうや!」
俺はヴァラさんへ目配せを一つ。
「はーい! んじゃ行こ!ニルス様!」
「は、え、あの!ちょっとま───」
「ああニルス様!」
元気いっぱいなヴァラさんに腕を引かれスタッフルームへと連れ
去られるロリ神様に、後追うリストゥルンさん。
「これで明日から俺に纏わり付かれなくて済むぜ。むふふ」
「……目的はそれか」
「ふふ」
相棒が“やれやれ”と笑い、ミランジェさんも小さく笑う。
俺たちはロリっ子を見送り、周りのお姉さんたちは静観。
腕を引かれるロリ神様だけが───
「あああぁぁぁ!なんでぇええええ!」
心底拒否を訴えていた───
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