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1月。 自宅の朝。 じゃあああ 水を流す音とともに、すっかり制服に着替えた凛がトイレから出てきた。 「一番の心配、解消。快便。よし」 朝食の途中で席を立った凛は、再び、僕の前でトーストを食べ始めた。 凛は、県立の芸術高校音楽科の推薦を得て、今日は、試験二日目なのだ。 推薦の試験は、学科試験が免除され、実技のみ。 一日目の昨日は、副科ピアノ、聴音、視唱。面接。 出来は、ぼちぼちだったらしい。 「まあ、小さいころからやってる子たちにはかなわないよ」 「そっか」 そして、いよいよ今日が、専門の楽器の実技試験。 全ての配点の半分以上を占めるまさしく正念場。 凛は、トランペットでそこに臨む。 音楽科の募集人員は1クラス分、40名。 その内の15名が推薦試験で決まる。そこに50名程度が応募しているという。倍率3倍以上。狭き門だ。 「凛。よくがんばったよな。毎日」 「うん。あんなにおんなじフレーズばっかり毎日吹いたの、初めてだよ」 「でも、うまくなった。レッスン行くたびにさ、直されて、良くなって」 「なんかね、自分でも音がよくなるのが分かった」 「ね。それから、音階練習もよくやった。嫌いなのに」 「うん。心入れ替えたからね。私のことだもん。私の受験」 「決められるといいな、推薦で」 「うん。ま。推薦でダメなら、もう一度受けられるけど、できれば」 「だな」 タクシーに自家使用のプレートを出して、僕は凛を助手席に乗せて出発した。 今日ばかりはせめてもと、駅まで凛を送るのだ。 家内が心配そうに手を振ってるのが、ミラー越しに見える。 「心配したって、何ができるわけでもないしな。こればっかりは」 「ははは」 「なんか、周りの方がね、ヤキモキだよ。何もできない分」 「そっか。そうだよね。じゃあさ」 「ん?」 「いいこと教えてあげるよ、お父さんに。お母さんにも伝えて」 「え?何を」 「あのさ。私、今日で決めるよ。受かる」 「え?」 「受かるよ。私」 「なんで?何の確信?」 「ははは」 「え?」 「あのね。昨日の晩、私見たんだ」 「何を?」 「そんなの一つしかないじゃん」 「え?」 「わかんない?お父さん」 「何?」 「ピンクの象」 「え?」 「昨日寝てる時、ピンクの象が夢に出た」 「おお」 「私、それに乗って、ゆっくりゆっくりとね」 「それ、お父さんを喜ばせようとして言ってるんじゃ」 「そんな無駄な嘘はつかないよ。私だって嘘は嫌い。ホントに見たんだよ」 駅についた。 「じゃ、凛、行き帰りだけ、気を付けてね」 「はい。行ってきます」 トランペットのバッグをしょった凛は、すたすた一段抜かしで駅の階段を上って行ったのだ。 ははは。 いけいけ。お前の道。 もう、なあんにも心配することはない。
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