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3
「で?どんな話なの?お父さん」
「あ。うん。モノレールの会社から、不合格の通知が来て、そのすぐ後に試験を受けた所なんだけどね。タクシー会社」
「ああ。お父さんが、個人タクシーをやる前にいた」
「そうそう。そこの一次試験を受けて。あ。一次は学科試験ね」
「え?タクシー会社で学科試験があるの?」
「あったんだよ。大手は違うな、って思った」
「へえ。で?」
「うん。一次は合格。で、二次は面接」
「ははは。今度はなんて言ったの?やっぱり、安定が第一なんでしょ」
「まあ、それはそうなんだけどね。でも、ちょっと違ってて」
「うん」
「ここに就職したら、自分、車で街を流して走るんだな、ってぼんやり考えたんだよ」
「へえ」
「ちょっと素敵なことだなって」
「うん」
「そうしたら、その面接の前の晩だよ」
僕は、深夜のアパートの床の中、とてつもなく心地のいい夢を見たのだ。
薄靄のかかるあたたかな丘を、動物や人が作る静かな隊列が登ってゆく。
ゆっくりゆっくり、音を立てずに、穏やかに。
その隊列の真ん中にいるのは、大きなピンクの象だ。
優し気な目の象は、ゆったりとした足取りで、歩を進めている。
そして、僕は、その象の上に乗って心地よく揺れに身を任せているのだ。どこに連れてゆくのだろう。でも、そんなことどうでもいい。
ゆらゆらゆらゆら、たゆたうような。
夢の中でまた夢を見ているような。
「ひゃあ。それ、気持ちよさそう」
「うん。あんな上出来な夢は後にも先にも見たことがない」
「羨ましい。いいな、ピンクの象」
「うん。でね。お父さん、夢から覚めて思ったんだよ」
「何?」
「あの象って、自分の運命の事なのかなって」
「ああ」
「就職の面接の前日に現れたんだよな、あの夢。あんないいものが自分を乗せて歩いてる夢。自分は、この道を進んで間違いないっていうそういう、暗示って言うか、保障って言うか」
「あ。うん、うん。わかる。象が太鼓判を押してくれた」
「そう。導いてくれたのかもなって」
僕は、その夢の翌日、タクシー会社の面接を受けた。
終始にこやかに対応してくれた面接官を相手に、僕は、車で街を流して走ることのちょっとした楽しさと、そして、何よりも就職して得られる暮らしの安定のことを話した。
「モノレールの会社での面接とは打って変わって、自由に話せたな。自分の言葉で、自分のことを話せた」
「よかったね」
「うん。なんかね。面接室の雰囲気が良すぎて、面接で落ちるなんて、これっぽっちも思えなかった」
「そっか。それで、その会社に、ええっと、どれだけいたんだっけ」
「12年な。お世話になった。その会社にいる時、お母さんと結婚して、お姉ちゃんが生まれて。それで、凛が生まれて少したって、独立したんだ」
「ピンクの象は、やっぱり、その。本物だった」
「うん。間違いなかった。ピンクの象」
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