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「で?どんな話なの?お父さん」 「あ。うん。モノレールの会社から、不合格の通知が来て、そのすぐ後に試験を受けた所なんだけどね。タクシー会社」 「ああ。お父さんが、個人タクシーをやる前にいた」 「そうそう。そこの一次試験を受けて。あ。一次は学科試験ね」 「え?タクシー会社で学科試験があるの?」 「あったんだよ。大手は違うな、って思った」 「へえ。で?」 「うん。一次は合格。で、二次は面接」 「ははは。今度はなんて言ったの?やっぱり、安定が第一なんでしょ」 「まあ、それはそうなんだけどね。でも、ちょっと違ってて」 「うん」 「ここに就職したら、自分、車で街を流して走るんだな、ってぼんやり考えたんだよ」 「へえ」 「ちょっと素敵なことだなって」 「うん」 「そうしたら、その面接の前の晩だよ」 僕は、深夜のアパートの床の中、とてつもなく心地のいい夢を見たのだ。 薄靄のかかるあたたかな丘を、動物や人が作る静かな隊列が登ってゆく。 ゆっくりゆっくり、音を立てずに、穏やかに。 その隊列の真ん中にいるのは、大きなピンクの象だ。 優し気な目の象は、ゆったりとした足取りで、歩を進めている。 そして、僕は、その象の上に乗って心地よく揺れに身を任せているのだ。どこに連れてゆくのだろう。でも、そんなことどうでもいい。 ゆらゆらゆらゆら、たゆたうような。 夢の中でまた夢を見ているような。 「ひゃあ。それ、気持ちよさそう」 「うん。あんな上出来な夢は後にも先にも見たことがない」 「羨ましい。いいな、ピンクの象」 「うん。でね。お父さん、夢から覚めて思ったんだよ」 「何?」 「あの象って、自分の運命の事なのかなって」 「ああ」 「就職の面接の前日に現れたんだよな、あの夢。あんないいものが自分を乗せて歩いてる夢。自分は、この道を進んで間違いないっていうそういう、暗示って言うか、保障って言うか」 「あ。うん、うん。わかる。象が太鼓判を押してくれた」 「そう。導いてくれたのかもなって」 僕は、その夢の翌日、タクシー会社の面接を受けた。 終始にこやかに対応してくれた面接官を相手に、僕は、車で街を流して走ることのちょっとした楽しさと、そして、何よりも就職して得られる暮らしの安定のことを話した。 「モノレールの会社での面接とは打って変わって、自由に話せたな。自分の言葉で、自分のことを話せた」 「よかったね」 「うん。なんかね。面接室の雰囲気が良すぎて、面接で落ちるなんて、これっぽっちも思えなかった」 「そっか。それで、その会社に、ええっと、どれだけいたんだっけ」 「12年な。お世話になった。その会社にいる時、お母さんと結婚して、お姉ちゃんが生まれて。それで、凛が生まれて少したって、独立したんだ」 「ピンクの象は、やっぱり、その。本物だった」 「うん。間違いなかった。ピンクの象」
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