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名は体を表す、とは言うけれど、さすがに「星紬衛人」はやりすぎだと思う。
「ほしをつむぎまもるひと」なんて、誰がどう見ても宇宙大好き科学少年の名前だ。
ついさっき、
「星の数だけ人間がいますから」
あたしがそう言うと、星紬部長は
「ふん。そんなに人間がいてたまるか。地球上の人間の総数は七八億。星の数はざっと千兆の数千億倍だ」
と鼻で笑った。
まあ、いい。
つまりあたしの言いたいことは、星の数ほどではないにせよ人間はたくさんいて、その人間の数だけ人生があると言うことだ。
あたし、空中由美子の人生もまた、その中のひとつ。名前の通り平凡な、普通の人生を送ってる。
平凡だけど幸せな、あたしだけの人生。
そんな超スタンダードなあたしとは違って、「星紬衛人」なんて仰々しい名前の部長には、きっと華々しい将来が待ってるに違いない。いつか宇宙関連の仕事に就いて、生涯を研究だか実験だかに費やすんだろう。
人類発展のための人生。なんてきらびやかで有意義な人生。
満天の星空の下、二人っきりの校舎の屋上で、星紬部長は白い息を吐いた。
「僕は将来、宇宙へ行く」
望遠鏡からやっと離したその瞳は、未来への希望に満ちみちている。真剣に、真面目にわくわくしている子どものようだ。
頭上にはオリオン座が輝いている。ベテルギウスが紅く、妖しく微笑みかける。
今だ、行け、由美子。
神話のオリオンに力強く背中を押されるように、あたしはまっすぐに部長を見つめた。
ファインダーに置かれた部長の凍える熱い手をそっと取り、マフラーを深く巻いた頬にぴとりと引き寄せる。
部長は、予期していなかったやわらかな感触に驚いたみたいに、目を丸くしてこちらを振り返った。涙の薄い幕を張ったようなその瞳に映るのは、十二万光年分の天の川とあたし。
ふふ。あたしってば部長の瞳の中で織姫さまになったみたい。だとすれば、さしずめ部長は彦星さまね。
あたしは、宇宙へと躍進する部長の輝かしい未来の姿を想像して、瞳を潤ませた。
ずっと言えなかった感情が、唇からほろりとこぼれ落ちる。
「部長、好きです」
……。
なーんてことには、ならないのだな。残念ながら。
あたしってば意外にロマンチック。退屈すぎてつい変な妄想しちゃったけど、部長とあたしがふにゃふにゃなんて、さすがにこれはやり過ぎた。
そもそも少女小説じゃないんだから、神聖な部活動の場で、いきなりそんなロマンチックな展開は繰り広げられない。
甘い恋の始まりを期待してたそこの皆さま方、ご愁傷さまっ。
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