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朝食のとき、弟がわたしをたえず気にしているのがわかった。
「おまえ今日は帰り早かったよね? この間ほしがっていたゲーム買ってきていいから、それで遊んでいていいわよ、わたしも学校終わったらいっしょにやるから」
「……で、でもぼく、お金ないよ」
「知ってる、わたしが出してあげるから」
「本当! お姉ちゃん!」
わたしは答える変わりに、ポッケにあらかじめ用意しておいたお金を弟に渡した。
学校ではまゆちゃんに、今日の放課後、知念郁生に告白をすると宣言した。まゆちゃんはひどく驚いて、まじまじわたしの顔を見つめたが、「うまくいくといいね、がんばって」といってくれた。
突然どうして告白する気になったのか、自分でもわからなかったけど、そうするべきだと自然に思っていた。
放課後、まゆちゃんに知念君を学校のそばの土手にくるようにと、ことずてを頼んだ。
土手は夕暮れ一色だった。赤トンボは無音、鈴虫はリィーリィー、からすはカァーカァー。……一帯の夕焼け風景がとても美しい。
土手の上、知念君とふたりきり。
「知念君、あ、あの、わたし、……わたしずっと知念君のことが好きでした! もしよかった付き合ってくれませんか、お願いします!」
わたしは真っ赤になっていたと思うけど、知念君もよほどびっくりしたのか、あたふたと、身をよじったり、髪をかき上げたり、視線の置き場に困っているようだった。
顔を上げて知念君を見た。
ここが正念場だぞ、わたしは自分にいいきかせて、知念君の瞳をぐっと見つめた。
「あ、お、おれ、おれなんかでいいのか?」
わたしはこくりとうなずいた。
「なんか信じられなくて。……だっておまえ、おれなんかよりよっぽど頭いいし、おれ体育以外なんにもだめじゃんか」
「そ、そんなことないよ! 知念君がこの間、展覧会で賞をとった絵、わたしすごいと思ったの。わたしなんてどうがんばったって、あんなにきれいな絵は描けないもの。あんな風に世界を思えるだなんて、とてもすてきだと感動したの」
知念君はてれたように鼻の頭をかいた。知念君の顔も真っ赤っかだ。
「あ、ありがとう。……あの、ほんとにおれなんかでいいんだったらさ、いいよ」
「本当?!」
知念君はこくりとうなずいた。
「うん、本当」
「あ、ありがとう」
わたしはうわずった声でいった。そしてわたしは思わず泣いてしまった。……だって、まさかいいっていってくれるなんて思ってなかった。
「な、なんだよ、泣くなよ、泣くなってば」
知念君は、いままで以上にあたふたとした。すごく困っているふうだった。
でもそんな知念君の言葉をきけばきくほど、知念君が困ったしぐさをすれぼするほど、涙はとめどもなくあふれ出てきた。
そして知念君は、静かにわたしの肩を抱いてくれた。
わたしは自然と知念君の胸に顔をうずめた。
夢とは正反対じゃないか、わたしは思った。
わたしは今、自分の中で、得体の知れなかったなにかのたがが消えてゆくのを感じていた。ふくらみ張りつめきったわたしのなかのなにかが、今、とけてゆくのを感じていた。
まるで、はじめからそんざいしなかった、というふうに。
——まあ産まれてみてごらんなさい。
これから誕生するすべての生命に、そういってあげたいように、わたしはうれしかった。
おわり
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