恋と手紙と君と僕

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『私からあなたへ。  無理しなくていいよ』  彼女は、これを機会にもう一度――学生の頃と同じように、自分で手紙のやり取りをしたかったのではないか。大事にしていた便箋をもう一度引っ張り出してきてまで。風邪でちょっと心が弱った時に、昔貰ったチョコレートのような、ちょっとだけ甘くて苦い気持ちを思い出したくて、それで。 「……雪音」  ぐったりしている場合、ではなさそうだ。僕はそっと食卓から立ち上がる。 「さんきゅ」  愛が冷めたかも、なんてことはなかった。むしろ冷めたくないと願っていたのは自分だけではなかったと、そんな事実を知って胸が熱くなる。  僕は書類やら何やらを突っ込んである机をひっくり返し、昔使っていた便箋が残っていないか確認した。確か、使い切っていなかった記憶がある。緑色の、ケロケロケロッピの便箋。いつか使う時が来ればいいな、なんてことを思いながらも使いかけの状態で引き出しの奥にしまいこんでしまったものだ。 「大人ってばかだよねー」 「うるさいでーす!」  娘が笑いながら部屋に戻っていくのを尻目に、僕はようやく発見した懐かしい便箋を取り出した。そしてそれを机に置いて、メッセージを書き始める。  気の利いた言葉なんて、思いつけない。  でも多分今、必要なものはそんな凝ったものなんかじゃない。 『僕から君へ。  風邪ひいてるの、気づかなくてごめんね。  どうか無理しないで。  大好きです。  僕と結婚してくれてありがとう』  部屋をノックして出てきた彼女が。  手紙を見て顔を綻ばせてくれるまで、あと十五秒。
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