恋と手紙と君と僕

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 ***  僕が読んだ雑誌の特集によれば。奥さんを怒らせる男の特徴としては、大きく二つの理由が挙げられるのだという。浮気だとか浮気と誤解されたとか、それはまた別の問題で、そういう心当たりがない場合だ。  一つ目は、記念日を忘れている。  二つ目は、気遣いを忘れている、だ。 ――どっちも有り得るのがやっばいな……!  いかんせん、僕は記憶力に自信がない。記念日を忘れていることは大いにありえた。そして、気遣いを忘れているのも大いに有りうることであったのである。なんせ、空気を読むというスキルを、母の胎内に忘れてきてしまったような人間だ。 『ふっつー、このタイミングで席を外すって言ったらトイレでしょ!わざわざ細かくその理由訊こうとする!?察しろ!!』 『……前の彼女と付き合ってた頃の話聞きたい女いないから。察して?』 『付き合い始めた日覚えてないの?ていうかそわそわしてたら何か記念日あるっぽいって察してよ……。』 『トイレ長いねって言うなアホ!私だってそういう日あるんだから、察しろ!』 『良い報告があるって言った時になんで想像つかないかな!察しろ――!!』 ――あ、あれ?僕、察しろって言われすぎじゃね……?  彼女の過去の言動を思いだし、ずずーんと沈んでしまう僕である。本当に空気読めなさすぎである。しかも、その大半が“デリカシーがない”か“大切なことに気づかなかった”ばかり。そんなに無茶な要求はされていない、と毎回あとから自分で思ってきたはずなのに、何故学ぶ気配がないのだろうか。ちなみに一番最後の“良い報告”は、いわゆる“おめでた”というやつだった。何故“病院行ってきたんだけど”の言葉で察することができなかったのか自分。本当に鈍いったらない。  もっと言うと、記念日の方も忘れていた前科がある。僕は風呂から上がると、リビングで自分の手帳を慌てて確認しにいった。出会った記念日、付き合い始め記念日、彼女の誕生日、結婚記念日。付き合い始め記念日を忘れてぶっとばされて以来、そういうのは思い出した端からスケジュール表に書き込むことにしている。面倒くさいとは思わなかった。僕とのちょっとした思い出を大切にしてくれる彼女のことを、僕はとてもいじらしく思ってきたのだから。  問題は。スケジュール表を確認したところ、一番早い記念日(ちなみに、娘の誕生日だった)さえ一ヶ月半も先であるということが発覚。今月は何も記念日らしい記念日がない。初デート記念日も先月終わったばかりだし、その時はきちんとお祝いして妻も喜んでくれた記憶がある。とすると、記念日関連ではないのか、あるいは僕が存在そのものを忘れている可能性があるか、だ。 ――存在そのものをすっかり忘れてたら対処しようがないぞ……!もしくは、また空気読まないで何かやらかしちゃったか!?  確かに、最近は仕事が繁忙期で帰るのも遅くなってしまったし、休日はゆっくり寝ていることも多くてあまり手伝いとかもできていなかった気がする。繁忙期であることを理解してくれているから、彼女も自分を起こさないでくれていたとばかり思っていたが、本当は自分にも娘にも構わない夫に怒っていたのかもしれなかった。 ――明日も帰るの遅いからそこはごめんだけど、明後日は土曜日……!か、家事とか思いついた端からやろう、そうしよう!それしかない!  とにかく、早く機嫌を治してもらなければなるまい。僕はしょんぼりしながら濡れたままだった髪の毛をかわかし、自分もまた布団に入ることにしたのだった。
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