ひなこさん。

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ひなこさん。

「それでさー、相川のヤツがマジうざいこと言ってさぁ」 「はいはい」  沙弓(さゆみ)と来たら、どれだけ愚痴のレパートリーがるのやら。私はいつものように呆れつつ話し半分に聞きつつ、学校の下駄箱で靴を脱いだ。中学に入ってから、沙弓と同じクラスになるのは二度目だ。向こうは私のことをそれなりに親しいと思っているのかいつも話しかけてくるが、私はあまり沙弓のことが好きではなかった。いかんせん、愚痴が多すぎるためだ。  あとは、“お願い”を言い出すと非常にしつこい。この下駄箱のこともそう、彼女がどうしてもと言うので場所を代わってやった経緯があるのである。いくら彼女より私の方が背が高いからといって、出来れば背伸びしなければならない一番上の場所は避けたいところであったというのに。 ――面倒になるとすぐ妥協しちゃうの、私の悪い癖なのかなあ。  私はいつものように、下駄箱の一番上に手を伸ばす。今日はあまり沙弓の長話に付き合っている余裕もないのだ。塾が始まるまで、さほど時間が残っていないのだから。私達は受験生。夏休みも終わり、最後の追い上げをしなければならない時期に差し掛かっている。英語が壊滅的に出来ない私は、とにかく残る時間徹底的に苦手を克服しなければならないのだ。  沙弓も塾に行かなくていいのかな、ていうかこの子に受験生の自覚はあるのかな――そんなお節介なことを思った時、はらり、と何かが下足下に落下したのだ。 「櫻子(さくらこ)ってばー、あたしの話ちゃんときいてるわけー?……って、ナニソレ?」 「……さあ」  明らかに、私の下駄箱から落ちてきたものである。それは、真っ白な封筒に入った便箋であるようだった。ラブレター的なもの、であるのだろうか。お世辞にも美人とは言えない私にこんなものを送りつけてくる物好きはそうそういないと思うのだが。  そもそも本当にラブレターの類いなら、普通もっと可愛らしい封筒を選ぶものではなかろうか。なんで真っ白な味気ないものなのか。表に宛名のひとつも書いてある様子がない。 「もしやラブレター!?見てやろ見てやろ!」 「あ、ちょっと沙弓!?」  普通そういうものを、本人の目の前で本人より先に見たりするものだろうか、普通。私が咎めるような声を出すと、彼女は“いいじゃんいいじゃん、友達でしょー?”と言いながらさっさと封筒を開けてしまう。沙弓らしいと言えば沙弓らしい、主に悪い意味でだが。 「これは……」  折り畳まれた手紙を開いた沙弓は、少しだけ考え込むような仕草をして、すぐに私に封筒ごと返してきた。 「ラブレター?なの?」 「いや私に訊かれても」 「そりゃそーだ、櫻子の自作自演でもない限り知るわけないよね」  彼女が微妙な顔をするのも、当然と言えば当然だった。その手紙に書かれていたのは、実に短い文章だけであったのだから。
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