ひなこさん。

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『私から、愛しいあなたへ。  あなたを待っています。あの恋人の桜の木の下で。  私に会いに来てください。  ひなこ』 ――いや誰やねん、ひなこって。  思わず心の中で、関西人風にツッコミを入れてしまう。同じことを思ったのか、沙弓も隣で“ひなこって誰やっちゅーねーん!”と大袈裟にツッコミポーズを決めていた。 「櫻子、あんたって女の子にもモテたんだね!超びっくり!」 「んなわけあるか。……かわいそ。これ絶対間違えて入れたやつだよ」  同性を好きになる人間が世の中にいるのは知っているし、別にそういう人達に対して差別や偏見はないつもりである。ただ、私は人生で男にも女にもモテた覚えなんかないし、そもそも女にモテるようなイケメン女子でもなければクールビューティでもなんでもないのだ。宛先が書いてないので絶対とは言い切れないが、ほぼ間違いなく“届ける相手を間違えた”パターンだろう。  つまり、本命の相手の下駄箱に入れるつもりが、場所を間違えて私のところに入ってしまったというやつだ。ひなこ、という人物が誰なのか知らないが、実に気の毒な話である。 「不憫だねえ、無関係の女子に手紙見られちゃって。沙弓、あんた友達多いでしょ?ひなこ、って名前の人に心当たりとかないの?同じ学年の女子なら殆ど覚えてるでしょ」  私が尋ねると沙弓は、知らなーい、と肩を竦めた。 「いくらあたしだって、同学年の人の名前全部は覚えてないってば。ましてや一年生や二年生は知らない子だらけだよ。ひなこ、なんて今時の子にしてはちょっと古風な名前だなーとは思うけどサ」 「まあ、そりゃそうか。……うーん、どうしよこの手紙。さすがにラブレターもどきを落とし物として職員室に届けるのは気が引けるんだけど」 「下駄箱の上にでも乗っけとけば?入れた本人はこの場所にまた来るでしょ。自分の手紙が上に乗ってたら、間違えたっぽいって気付くんじゃない?」 「それがベターな選択かね」  沙弓にしてはまともな提案である。私は手紙を丁寧に畳み直すと、再度封筒に入れて、ひょいっと下駄箱の上に乗っけておくことにしたのだった。入れた張本人が気がついて回収してくれることを願うばかりである。 ――誰だか知らないけど、次からは相手の名前ちゃんと書きなよー。あと自分のフルネームも書かないと相手もわからんぞー。  心の中でそんなことを呟きつつ、私は時間が迫っていることを思い出して慌てて靴を履き替えたのだった。適当な言葉で沙弓に別れを告げながら。  少し奇妙な出来事。この時は、それだけのことであったのである。  問題はこの手紙が――翌日も、その翌々日も、そのさらに翌々々日も――ずっとずっと私の下駄箱に入り続けるようになったということ。  それも、少しずつ内容を変えながら。
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