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顔のない少女の死体が村岡櫻子のものだとわかったのは、彼女が生徒手帳を身に付けていたからだった。
「う、う。櫻子、なんでぇ……?」
「泣かないでよ沙弓。仕方ないよ……あんなの、人間技じゃないもの」
「だって、だってぇ……!」
教室で嗚咽を漏らすあたしを、友人達が慰めてくれる。あたしと櫻子は大の仲良しということになっていたはずだ。憔悴しきっている“はず”のあたしを、みんなが取り囲んで慰めてくれるのはなかなか気分が良いことだった。
あたしのそんな暗い満足を知るよしもない友人の一人が、心の底から気の毒そうに言う。
「これ、やっぱりアレだよね?“カオハギのひなこさん”が出たんだよね?……きっと村岡さん、知らなかったんだね……対処法」
カオハギのひなこさん。
一部の女子の間では有名な、この学校の怪談だった。というのも、大昔に事件が実際にあったのである。ある少年にラブレターを送った“ひなこさん”という少女が、代わりにやってきた少年の彼女(恐らく、自分の彼氏に横恋慕するひなこさんが気にくわなかったのだろうが)を惨殺してしまうという事件が。
少女は“素手”で、顔を剥がされて死んでいた。
人間業とは思えないような所業であり、しかもその犯人であるひなこという少女はそのまま行方不明になる。事件は迷宮入りのまま葬り去られたのだそうだ――今から五十年以上前の出来事だという。
それ以来、彼女は未だに彼のことを想い続けており、秋口になると彼が使っていた下駄箱にラブレターを入れにくるのだそうだ。
その下駄箱というのが、西の端、一番上の左端の位置であったという。そう、あたしはそれを知っていて、櫻子に場所を代わってくれるように頼んだのだった。――オカルト嫌いの櫻子が、ひなこさんの話を知らないだろうことをわかってた上で。
「うう、櫻子、ごめんね。あたしが、気付いてあげてたらこんなことにならなかったのにぃ……!」
友達?冗談じゃない。
初めて見た時から気にくわなかったのだ。あたしより成績が良くて、クラスで人気の門倉君と親しげに話して、それでいてあたしのことをチビでデブだと見下して。
いつか思い知らせてやろうと思っていたのが、思いがけない機会がめぐってきたので実行したに過ぎない。あの下駄箱のことはきっと、神様の思し召しというやつだったのだろう。案の定あの女は何も気づかず、あたしと下駄箱の場所を交換してしまったのだから。
――手紙を送りつけられるようになったら、“ひなこさん”が会いに来てしまう前にこちらから桜の木の下で話をしにいかなくちゃいけない。そして、彼女に桜の木の下で呼び掛けられたら、絶対に振り返ってはいけない……。
振り返らず、こう言わなければいけないのだ。
“貴女の手紙を私が間違えて受け取ってしまいました。貴女の想い人がやって来るのは来年です”と。
それだけ告げて、振り返らずに学校の敷地から逃げる。こうすることで手紙は来なくなり、ひなこの呪いから逃げることができるのだ。
失敗すれば女は顔を剥がされて殺され、男ならば愛しい人と間違えられたまま神隠しされてしまうのだという。
噂はどうやら正しかったと、これで証明されたというわけだ。
――まあ、直接殺したの、あたしじゃないし?恨むなら無知な自分と、ひなこさんを恨むことね。
「櫻子、櫻子ぉ……ごめんねぇ……!」
「泣かないで沙弓。沙弓は何も悪くないから、ね?」
「うう、ありがと、エリカぁ……」
茶番を演じながら、あたしは心の中でほくそ笑む。自分の手を一切汚さず、思い通りに終わった“ざまぁ展開”に心の底から満たされながら。
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