第10話 元社畜、プロジェクトチームを立ち上げる

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第10話 元社畜、プロジェクトチームを立ち上げる

 オフィスの端にある、ミーティングスペースに集まる。顔合わせの会議(キックオフ)という奴だ。  読者的にはつまらないだろうが、最初の会議は重要だ。高度な柔軟性を発揮しつつ臨機応変に! という便利な言葉があるが、それは、何も考えていない奴の言い訳だ。進むべき道を事前に共有しておいてこそ、プロジェクトを成功に導けるのだ。  B級コンサルタントのようなことを考えつつ、俺は打ち合わせ用の資料を、モニターに表示する。  おっと、その前に…… 「マルティナも初めてだったな。ここに座っている天使が、天才プログラマー(ウィザード)の遥だ。」 「もう、兄さん、はずかしい。 えっと、加賀 遥です。プログラムが少しだけ得意です。ぶいv?」  遥は、恥ずかしそうに自己紹介すると、こてんと小首をかしげた。うむ、今日も愛らしい。 「…………」 「…………ああ、女神よ……感謝いたします」  マルティナとポーラは目を見開き、固まっている。 「…………ちょっ、なによこのかわいい娘は!? 天使って言ってたわね……主従契約したってこと!? 駄目よナオヤ! 天界・魔界(いかい)との接触は、三聖界相互不可侵条約第7条6項で厳しく制限されているわ。天魔第六監察軍に逮捕されても知らないわよ……?」 「…………ほう…………(なでなで)」  勘違いしたのか、いきなり謎の中二設定を語り始めるマルティナ。ポーラは素早く遥の背後に回り込むと、満足げに彼女の頭を撫でている。 「あのな、お前は何か勘違いしているようだが、遥は従姉妹で俺が保護者だ。契約とか監察軍とか、怪しげな設定をつけるな」  俺が遥に(しいく)されるのは、かまわんがな! 「設定とか言われた!?」 「…………(にこにこ)」  ショックを受けている設定厨女と、満足したのか満面の笑みを浮かべているポーラ。 「続けるぞ? まず、これが基礎概念図だ。」  気を取り直し、パワポの資料をモニターに映す。  1:マルティナの魔導鏡と遥の端末の特徴を組み合わせた端末(ハードウェア)  2:ルーベンス第2波動方程式/VoIPを組み込んだ基礎変換理論(フレームワーク)  3:音声・映像データを魔導波に変換・復元するファームウェア(ミドルウェア)  4:魔導波を送信・受信する送受信経路(インフラストラクチャ) 「この4つを組み合わせることで、小型高性能な通信端末を実現させる」 「ちなみに、現時点で2と3については、遥が概念モデルを構築済みだ。 マルティナ、後でルーベンス第2波動方程式とやらの詳細を、遥に伝えてくれ」  遥が小さくダブルvサイン。かわいい。 「のこりは、1と4だが……淳、ポーラ。4についてはどうだ?」 「そうっすねー。魔導波は一種の信号だとおもうんで、こちらの通信機器(ルータ・スプリッタ)で扱えると思いますよー」 「魔導波に、指向性を持たせて発信することは出来ます。ですが……」 「ん? 何かあるのか?」 「はい……距離が遠くなると指向性が薄れるんです。その為、長距離の通信というのは難しいかと……」 「どのくらいまで届くんだ?」 「そうですね……おおよそ、5キロメートルといったところでしょうか?」 「それなら問題ない。これは俺たちの世界の話になるが、電波……お前たちが言う魔導波のようなものだが……も、距離に従い減衰するんだ。基地局を複数置くことで、中継・増幅し、遠くに届けることができる」 「……なるほど、それなら魔導水晶の空きチャネルを使えば、なんとかなるかもしれません」 「よし、悪くない。細かい点はおいおい詰めるとしてだ。おい、そこの素材屋」 「素材屋!?」  大体の方向性が固まってきたところで、ぽへーとしているマルティナに声をかける。 「自分の興味のない分野の話だからって、気を抜くな。これだから技術屋(テクノラート)は……鼻毛が出ているぞ」 「え!? うそ、気付いていたなら、もっと早く言いなさいよ!」  我に返り、わたわたするマルティナ。鼻毛の件は冗談だ。マントの端にクリーニング屋のタグっぽいのが付いているのは本当だがな! 「目が覚めたか? それで、素材専門家として、1についてはどうなのだ?」 「あ、うん。理論上は問題ないと思うわ。ただ、魔導鏡の材料となる、超々硬化魔導硝子(マジックグラス)感応水晶(センシングクリスタル)の調達が問題ね。二つとも、とても希少な素材なのよ。」 「フム……遥が作った端末で使用している、シリコン圧電素子を主素材に使うのはどうだ? なんたら水晶の方も、普通の水晶でよいなら、こちら側の七甲山にいくらでもあるが」  むむ……と考え込むマルティナ (クリーニングタグ付き) その様子をにこにこと眺めるポーラ。 ……この女、わかってて放置してるのか? 「それならば、先日お前が言っていた、物質の組成を組み替える遺失魔法(ロスト・メソッド)とやらを使うのはどうだ? トンカツがイカフライになるんだろう?」 「!? なるほど、その手が!」  適当に言ったつもりだったのだが、なにやらいい線をついていたらしい。 「基礎素材位相(マテリア)が近ければ大丈夫なはず。ナオヤの世界にある素材を使えばいいという事ね! しりこん・すいしょうのマテリア次第ではあるけど……行けると思うわ!」  トンカツとイカフライはマテリアとやらが近いのか……? まあ、こちらの世界の常識に突っ込んでも仕方ない。 「よし! おおよその方向性は決まったな。今回の会議は終わりだ! 担当者同士で細かい点を詰めてくれ。次の会議は本日1600開始だ。解散!」 「え?もう終わっちゃうの? 私、もう少し素材について議論したいんですけど」 「問題ない。詳細は専門家同士で詰めるべきだ。 そうだな、マルティナと遥、淳とポーラで分科会(チーム)を組もう。詳細はこのメンバーで話してくれ」 「分かったけど、ナオヤは何をするの?」 「俺は企画案を考える」 「企画って?」 「出来上がった新通信端末、を何に使うかだ。マルティナ、研究手段を目的にしてはいけないぞ。成果を何に使うのかが重要なのだ。」 「どれだけ凄い理論を作っても、万人が使ってくれなければ、技術書の端に載るだけだ。そうなったらお前はいやだろう?」 「……なるほど、さすがね」 「……こうゆうことを言っているときの兄さんは、サボりたいだけです」 「……ナ~オ~ヤ~?」  適当に言ってこの場を終わらすつもりだったのだが、遥には通じなかったようだ。
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