第8話 元社畜、同居人(かわいい)を異世界に連れていくために事務手続きする

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第8話 元社畜、同居人(かわいい)を異世界に連れていくために事務手続きする

  「遥! この書類にサインと押印を! 俺と一緒にハネムーンに行こう!!」 「……不審者確認、排除します」 「げふうっ!」  ハイテンションのままこちらに戻り(まだ午前中だ)、愛しの遥に事実を正確に説明したのだが、なぜか防犯用の玄関ドアギミック(俺が設置した)に吹き飛ばされる。 「……ま、待て遥。俺の話を聞いてくれないか……」  よろよろと立ち上がる俺。遥はお風呂掃除でもしていたのか、長い髪をポニーテールにし、Tシャツにハーフパンツ、素足という格好だ。かわいい。  言い忘れていたが、彼女は中学1年生。現在夏休みである。 「……こんな早い時間にどうしたの、兄さん。あ、ついにセクハラで首になったとか……大丈夫、わたしが養ってあげる。だからコーラ買ってきて」  ……おお……まさかの飼育されルート……!  遥は天才プログラマーだ。企業案件もちょこちょこ手掛けている。その気になればもっと稼ぐことも可能だろう。それを支える主夫俺。たまに家事で粗相をしてしまい、「この間抜けな豚さんは、お仕置きが必要だね。ほら四つん這いになって……」可憐な遥の素足が俺を……くっ! 良いではないか! コーラだな、分かった! インカコーラ買ってくる! 「……兄さん兄さん、戻ってこないとそろそろ本当にポリスメンが来て、黄色い救急車で鉄格子に囲まれた施設へ運ばれちゃうよ?」  ……はっ! いかんいかん、思わずイってしまうとこであった。遥の端末が10回ぐらい警告音を鳴らしていることだし、そろそろ自重しよう。 「……これは……「特二種拠点訪問申請書及び技術供与を伴う活動申請届(経済産業省:様式W1276822号)」?」  お役所にありがちな長ったらしい書類名を、一息で読み上げる遥に感心する。  これはシルヴェスターランドを訪問し、何かしらの経済活動(技術供与を伴う)を行う際に経産省に提出する書類だ。  現在、向こうの環境と住人達への影響を考慮し、観光目的での訪問は厳しく制限されている。そんなわけなので、俺達の研究チームの外部委託職員として遥を登録するのだ。(ちなみに腐れ部長の承認はさっき移動中に取った。さすがに弊社は電子承認だ。) 「……ここに住所氏名を書いて、ハンコを押すんだね。あとマイナンバーカードの写しと……ん、狭い」  遥はキーボードなら1分間に1000文字は打てるが、手書きは苦手だ。んしょんしょと不器用に文字を書く遥に萌える。だがしかし、役所の書類というのは、なんでこんなにぎゅうぎゅうに欄が詰まっているのだろうか。この街は政令指定都市の特別区内にあるため、住所が長くなる。そのくせ書類の住所欄が狭いのだ。この感覚、年末調整書類を毎年書かされる社会人諸氏にはわかってもらえると思う! 「……かが Chamberlain はるか……と。身元保証人は兄さんの名前……」  Chamberlainとは遥の母方の祖母のファミリーネームだ。つまり遥はクォーターである。日本人特有の柔らかロリフェイス要素を持った欧州金髪美少女とか最高だな。俺がさらに遥に萌えていると、書き終わったようだ。 「……ね、兄さん。 これってシルヴェスターランドに行けるってこと?」 「そうだぞ。俺たちの仕事を手伝ってほしくてな。通常は書類審査に時間がかかるが、ウチの会社の枠がまだ余っていたはずだ。3日もあれば認可が下りるだろう」  弊社は腐っても大手なので、そのあたりの信用はある。遥は高度情報人材として経産省に登録済みだしな。  そうなのだ。遥は経産省主幹の高度情報処理技術者資格を全制覇している。俺はプロマネとストラテジストしか持ってないのに……最年少記録をすべて塗り替えた遥なら、実績も十分だろう。ちなみに、20代でプロマネとストラテジストを持っている俺も、そこそこ凄いんですよ? 「……わたし、すごく楽しみ! 魔法の国……えるふちゃんとかもいるんだよね、平和なエルフの村がオークに襲われちゃったりするんでしょ? ママが言ってた!」 「……まてまてまて! セリーヌ伯母さん、なにを教えているんだ……」  両手を胸の前でぎゅっと握って、キラキラとした眼差しで、危ないことを言う遥。  俺の伯母、セリーヌさんは、海外暮らしが長かったせいか、日本のサブカルにひん曲がった形でハマっている。こないだなんて「感度3,000倍ネー!」とか言っていた。いかんぞ俺、遥の保護者としてR-18な日本文化には(なるべく)大人になるまで触れさせないようにしなければ。13歳にしてセリーヌさんみたいになりましたとか困る。  徐々に染めていくというのが、わびさびなのだ。 「……いいかい遥? そのキーワードは忘れるんだ。ググッちゃだめだぞ。」 「……うん? 兄さんがそういうなら」  ふう、これで遥の天使性は守られたか。  なんにしろ、遥も楽しみにしているようだし、面白いことになりそうだ。 「兄さん、書類出しに行くんでしょ? その前におひるごはん食べよ。今日はてんぷらそばだよ」  くっ……最高かよ……
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