愛し君へ

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愛し君へ

「……中村、もういいだろう」 小田切雅(おだぎりみやび)は髪に口付けられるのを嫌がり、身体を離そうとした。だが中村基(なかむらもとき)はそれを許さない。 「まだ終わったとは言ってないぜ」 「……中村」 基は上半身を起こし下品に舌を出し頬を舐める。観念したように雅は目を閉じた。 「テストの採点があるんだ。……なるべく早く終わらせてほしい」 「アンタは俺に逆らえない」 指がほんの少し額に触れただけで雅は震えて小さな悲鳴を上げる。 「わかってるだろう……?」 がくがくと首を縦に振る様を見て、基は笑う。 ──もう、この美しい人は俺のものだ……。 覆い被さり奥まで挿入し、身体ごと押し上げると雅は激しく泣いた。泣けば泣くほど、基の気持ちは高揚していくのだった。 古文が嫌いだった。いや、それは違う。古文を教える小田切雅が苦手だった。美しすぎてその一挙手一投足をまじまじと見つめてしまう。それが疲れる。そのうち古文の授業に出ることを止めてしまった。自分で勉強すれば問題ない。中村基はこの進学校の中でトップクラスの成績を維持していた。だが雅が気にしている、とクラスメイトに聞いたのは二年の五月のことだった。 屋上で煙草を燻らせながら自分のクラスの窓ガラスを見つめる。檀上で穏やかに教えているその口から出る声がどんなに魅力的か誰よりも自分が一番よく知っている。だが雅は男子校の一時の浮足立った熱の的だった。誰もが憧れ、そして手を出せない。そんな存在だった。見ない。それが基の下した決断だった。陸上をしている自分が本気で力を出したら雅を傷つけてしまうと思ったからだ。美しい華のまま、ただ咲き誇ればいい。 基は煙を吐き出しながら雲ひとつない青空を見上げた。 「中村。ちょっといいかな」 ふと振り返り、見下ろすと雅がいた。片手に教材を持ち、もう片方の手は所在なさげに揺れている。大方上の者から授業に出ろと中村に言え、とでも指図されたのだろう。かわいそうに。頭ひとつ小さい雅の身長はどのくらいなのだろう。自分が百八五。そうすると案外小さいほうではないのだな、と思う。だが身体つきが全然違う。男にしては細く、強く抱き締めたら折れてしまいそうだ。肌はひどく白く、少しでも焼けたら爛れてしまうかもしれない。印象的な透明な瞳。紅く色づいた小さな唇。その奥に見える舌に欲情してしまう自分が嫌で背を向けようとすると雅の手が腕を掴んできた。 「授業に出ないと内申出せないって? 別にそれでもいいぜ」 「そういうことじゃなくて。なぜ私の授業にだけ出ない?」 周囲の好奇の視線が突き刺さってくる。ヤクザの知り合いがいるから自分とは関わらない方がいいなどという噂が広まっていたことがある。雅は知っているだろうに、凛とした姿勢を崩さない。なぜか少し、苛ついた。
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