恋、患う

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恋、患う

再会は偶然だった。 『......雨貝?』 吐瀉物と濡れた吸い殻の臭いがする路地裏で、質の悪い連中に絡まれているのを助けてくれた。 街灯の下で見る顔は七年前とは多少変わっていたけれど、見上げるような背丈から降ってくる慈しむような視線と、投げかけられる抑揚の少ない声はあの日となにひとつ変わらない。 高校生活、最後の日。 告白されて手ひどくフッた相手と、今は一緒に暮らしている。 「雨貝さん、本当に来ないんですか?」 背後から声をかけられ、透はキーボードを打つ手を止める。 振り返ると、同僚の真壁が帰り支度を済ませた格好で立っていた。 「うん。今日は遠慮しとく」 「えー。雨貝さんの歓迎会もしようって話してたんですよ? 雨貝さん、酒が苦手だって聞いてたから、メシが美味いところ探したし......」 真壁は不満を隠そうともせず唇を尖らせる。年上だが会社ではやっとできた後輩である透を飲みに誘いたくてたまらないのだろう。 そこに座っているだけでいいからと食い下がられ、透は苦笑する。 ――歓迎会って言われるとなぁ。 断りにくいのはたしかだ。 頑なに拒否をして角が立つのを避けたい気持ちもある。古くさいと言われるかもしれないが、法人向けの営業が仕事の大部分を担うこの営業一課では、飲みニケーションなどという文化がまだしっかりと根付いている。手っ取り早く同僚たちと親交を深めるには、この場は断らないのが正解かもしれない。 ――一回くらいは顔出すべきか。 期待に目を輝かせる真壁を前に透が思案していると、 「真壁」 透の肩越しに声のするほうを見た真壁の唇が、「げ」と声もなく呟いた。 透も彼の視線の先に目をやる。そこにはスーツに作業服の上着を引っかけた、守矢勇悟が立っていた。 「しつこいぞ」 胸に〝主任〟と書かれたネームプレートを付けた守矢は、透にも責めるような視線を寄越す。 「雨貝も。断るならさっさと断れ」 「や、でも......」 何か言おうとした真壁が、上司の「でもじゃない」の一喝で肩をすくめる。 「真壁。このあいだのアルハラ講習ちゃんと受けたか? 高い金払って講師まで呼んだぞ。まさか居眠りでもしてたんじゃないだろうな」 先月、全社員を対象に行われたハラスメント対策研修について言っているらしい。 透は、一番前の席で食い入るように講師の話を聞く真壁の姿を覚えている。 「ちゃんと聞いてました......」 しゅんと肩を落とす真壁を、守矢も本気で聞いていなかったとは思っていないのだろう。溜め息をつき、優しく諭すように言った。 「だったら、気が乗ったヤツだけで楽しくやればいい。それと、おまえ幹事だろ。幹事が待たせてどうする」 ほら、と顎をしゃくられ、真壁は「お先に失礼しますっ」と逃げるように一課を出ていった。 オフィスには透と守矢、そしてしんとした空気だけが残される。 「……パワハラですよ、主任」
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