focus - 002 青に抱かれて feat.清良

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 しばらくして、肩を触れる感覚に目を開ける。俺の顔を上からのぞき込んで、清良さんは「おはよう」と言った。時間は二十時。いつの間にか、あれから二時間も眠ってしまっていたらしい。 「起きる? もう少し寝る?」  いつになく優しい声で清良さんが聞く。俺はまだ寝ぼけた頭で肉に火を通さなければいけないことを思い出して、掠れた声で「起きる」と返事をした。それを聞いた彼女は小さく笑い、俺の頭を軽く撫でてキッチンへ向かう。 「顔、洗っておいで」  のそのそ起き上がり、言われた通りに洗面所で顔を洗う。真っ白なタオルを見ると、あんなに生活感のない人なのに最低限の家事はできているんだから不思議だ、と失礼なことを思った。いつやっているんだろう。それは、俺がいない日なのだろうけれど、どうにもうまく想像ができない。  キッチンへ戻ると、清良さんが味噌汁を温めなおしているところだった。エプロンもしないまま、おたまを片手に鍋に向かっている。 「清良さん、いいよ、座っててよ」 「なんで。二人でやったほうが早いよ。味噌汁温めるくらいなら私でもできるし。でも、肉巻きはお願い」 「……わかった」  アスパラは湯がいてあるから肉に火を通すだけで十分だ。フライパンにさっと油を敷いて、用意してあったものを並べていけば途端に美味しそうな音といい匂いがする。これができたら、後は冷蔵庫にあるポテトサラダと、トマトを用意して、ご飯をよそえば完成だ。  できた食事をテーブルに並べる。我ながらいい出来だと思いながら席に着くと、冷蔵庫の前に居た清良さんが俺を振り返った。 「今日帰る?」  いつもは十九時には清良さんが降りてきて一緒に食べて、そのまま帰ってもここを出るのは二十時くらいだ。今日は少しとはいえ時間が押していて、もう辺りは真っ暗で――少し遅くなった日はいつも、こうして聞いてくれるのだ。  ここに泊まらせてもらったことがないわけではないし、母も二十歳を超えた息子が朝帰りしても嫌な顔は別にしない。けれどこの問いにはいつもどこか、緊張してしまう自分がいる。 「泊まってもいいの?」 「いいよ」 「じゃあ、泊まらせてもらう」 「そう」  それを確認すると、冷蔵庫の中から彼女がアルミ缶を取り出す。「飲む?」そう言って手にするのは紛れもなく酒だ。 「この間で二十歳だったでしょう」  そう言って俺に確認を取る彼女の顔を見る。中々笑わない無愛想とも言えるその顔が、俺の誕生日を覚えていてくれたのだと思うと心臓が暖かくなる。  頷き、「飲む」と答えると、彼女はレモンが印刷されたそれを一本、俺に手渡した。席に着いた彼女は早々にプシュッと音を立てて缶を開ける。俺にもそれを促して、一言。 「少し遅いけど、誕生日おめでとう」  カツン、と缶が当たる音がする。 「ありがとう」  少し、照れくさいような気にもなりながらその言葉を受け止めると、清良さんは小さく微笑んだ。俺の作った食事に箸を伸ばし、一口。「美味しい」。絶対に一回はその言葉をくれる。俺はそれだけで頑張れるのだ。 「後で家に連絡入れときなね」 「うん」 「食べたら、ちょっと散歩に出るから」 「……俺も行っていい?」 「いいよ」  穏やかに笑う。そういう表情は珍しかった。
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