focus - 003 恋する少女 feat. 芽依

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 眠たい気持ちをあくびごと飲み込んで目を覚ます。  一番に見るのは粛々としたニュースの中の、比較的明るい天気予報。それもこの時期では中々にどんよりとした様子だった。  日本地図の中にぷかぷかと浮かぶお天気マークは、梅雨前線の影響で大半が雲か傘のマーク。今日も皆ため息をついているのだろうと思う。  でも、私にはそれが嬉しい天気。  カーテンを開けて外を見れば、暗い雲からサラサラと雨が降っていた。  ニコニコしながら着替え、リビングに行って家族でご飯を食べる。  兄は今日も「まーた雨でニヤニヤしてるのか」と笑うけど、ニヤニヤしてしまうくらい、嬉しい。それくらい私は、雨の日が好きだ。  いつもと同じトーストが美味しく感じるくらい、まとまらない髪が愛しくなるくらい、雨が好きだ。 「いってきまーす!」  元気よく家を出る。  バサッと広げるお気に入りの傘はあまり大きくなく、荷物をギュっと抱えないと濡れてしまうくらいの大きさ。ビニールにプリントされた青空に、雨粒がぽつぽつと落ちてくる。内側から見ると、雨上がりの木の幹の気分になれる。  今朝はあまり風が強くなくて、優しい雨が降っている。時々ふわりと肌に触れる雨の優しい冷たさに、また笑みがこぼれる。 (帰りは強くなるって言ってたっけ)  信号待ちの間に雨雲レーダーを確認すると、濃い青色になっていた。  最近は災害レベルの大雨が毎年どこかで起こるけれど、今日の雨は強いだけの普通の雨らしい。これくらいなら、帰りもうきうき帰れそうだと思う。  通学路の家に咲いている紫陽花が、心なしか元気そうだ。この家は、梅雨の時期が一番きれい。  学校では「朝から雨だよー」とか「外出たくなーい」とか「体育、中になるってーマット運動やだー」とか、ネガティブな言葉が多いのが、雨の日の特徴だ。  私と同じく髪がまとまらなかった女子達が前髪をしきりにいじるし、かと思えば諦めて器用にポニーテールを作る。  男子は体育とじめじめした湿気に文句を言いながら、ズボンの裾を丸めたり、じゃれてびちょびちょになった靴下を脱いだりしている。それを見て、ちょっと寒そうだなと思う。  こんな日は皆、心の中が一致団結していて、それも少し面白い。  いつも仲の悪い女子のグループ同士も、女子社会とは縁が無さそうに見える男子たちも、皆「雨やだなー」と思っている。窓の外を見ては、「帰りまでに雨やまないかなー」と言う。  私だけが、雨が降り続くことを望んでいる。  雨の日は、図書室に寄って、ゆっくりしてから学校を出る。  家に着くのが十九時頃。もしかしたら、もしかしたら運よく定時帰りしたあの人に会えるかも。そんな下心で、私は雨降る図書室にいる。 「芽依ちゃん、今日も七時くらいまで居るの?」 「うん。そうする」 「ここんとこ毎日雨だから、毎日だよね」  図書委員の彼女とは一年生の丁度この時期くらいに、今と同じように図書室で知り合った。私が毎日来ては、あまり集中していなさそうな様子で本を読んでいるので気になって声をかけてくれたらしい。  「図書室って案外日陰なのよ。あんなに人がたくさん来るのは進学校か、漫画の中だけ」とは彼女の言葉で、他に人がいないのをいいことに、私に構ってくれている。 「体調は? 雨の日って健康な子ですら頭痛いっていうし、無理はしちゃだめだよ」 「喘息、最近は落ち着いてるし、無理はしてないよ」 「ならいいけど」  彼女は、私がなぜ雨が好きなのか、なぜ雨の日は遅くまで図書室にいるのか、そういう事を知っている。隠すことでもないので、聞かれたらほいほい答えてしまうのだ。  昔から、体はあまり強くなかった。喘息持ちで激しい運動はできなかったし、体育ではよくフラッとなった。小学校の頃は、あまり外にも遊びに行けず、家でじっと本を読んだり、読まなかったりしていた。  そんな、ありふれた幼少期の話を、彼女は興味深そうに聞いていたな、と思う。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加