5.ばいばい、家族ごっこ。ようこそ、生態観察クラブへ。

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5.ばいばい、家族ごっこ。ようこそ、生態観察クラブへ。

 数え切れないほど受けたアイドル歌手のオーディションでかすりもしなかったあのヒトの道具が、バレエの主役を1度たりとも張ることができなかった道具が、高校受験という大きな舞台でようやくあのヒトの喜ぶような活躍ができた。あのヒトの道具は、第1志望校である大城高校に合格したのだ。  ワンランク下の高校を受験することになるかもしれないと危惧していた頃の「母」は、同じマンションに住むママ友に対し「私は入学してからのことを考えて、あえてランクをひとつ下げるように娘にアドバイスしたのよ。うちの子、トップにいたほうがのびるタイプだから」などと言い訳をしているのを私は聞いた。そして、学力が飛躍的にのびた1月半ばの段階で、結局、大城高校を受けることが決まったときの「母」は「散々迷ったんだけど、大城受けないのはもったいないって塾からの強い勧めもあって、本人もできれば大城に行きたいって言うものだから、最終的に大城受けることになったんだ。私としては、先々のこと考えると、あんまり気乗りしなかったんだけどね」などともっともらしく語って、事実を捏造していた。  私はそのママ友の娘とは、クラスが違うこともあり、特別仲がよかったわけではなかったが、彼女が同じ大城高校を受験することは「母」づてに聞いて知っていた。実際のところ、その子の学力がどの程度なのかは知らなかったが、正直、大城高校に受かって欲しくなかった。  理由は単純だ。もしも自分が不合格になり、その子が合格してしまったら、あのヒトの私に対する接し方が、今まで以上にひどくなることが目に見えていたからだ。だから、正直ほっとしていた。彼女が、大城高校に合格しなかったことを。  けれども、私は、同時に気の毒に思っていた。そのママ友に対するあのヒトのマウンティング行為がひどくなっていたからだ。併願校として受験した私立小柳(こやなぎ)学院高校に通うことになったその子は、もちろん沈んでいたが、彼女のママも同じだった。そんな状況に追い打ちをかけるように、あのヒトは大城高校に合格した娘の「素晴らしさ」を、慎ましやかなママを装って、婉曲的に誇らしさを語っていた。  そして、あのヒトは、「小柳学院って難関大学に合格している子ってほんの一握りなんだって。1学年800人近くいるっていうじゃない。まったく合格者数に騙されちゃうわよね。それっていうのもさ、結局のところ、学校が難関大進学のために完全バックアップしてくれるから予備校要らずだってのをウリにしているけど、中身がなっちゃないからなんでしょうね。あんな学校、進学校を名乗る価値なんてないわ。今、噂になってる『自称進学校』ってやつよ。ホント、大城高校に受かってよかったわ」と、口を開けば小柳学院の悪口を言っていた。  私は彼女のそんな言葉を聞くたびに、もしも自分が大城高校に落ちて、小柳学院に通うことになっていたら、彼女はママ友たちに対しどんなふうに語っていたのだろうかと想像していた。そしていつもたどり着く答えは、「小柳学院って面倒見がすごくいいみたいで予備校要らずなんだって。だから、公立行って予備校に通わせるのと、学費的にはたいして変わりないのよね。結果的には、大城に行くよりもよかったって今は思っているんだ」というものだった。
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