【第2章】1.消えた名前

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 明日に提出を迫られている「進路希望調査票」を前に、自分に言い聞かせた。たとえ進んで行く道は違ってしまったとしても、彼がこの世から消えてしまうわけではないのだからと。それに、少なくとも養成期間が終われば、彼はレンガ色の箱の中にまた戻ってくる。レースがあるときは、レース場の宿舎に5、6日缶詰になるが、レースがないときには、これまでと同じように、彼はルーフバルコニーで筋トレをし、ランニングに出かけるのだろう。  だとしたら、今までとたいして変わらない。私は当初の予定どおり、大学に進むために彼の気配を感じながら、自分の箱の中で勉強に励む。彼の箱の灯りが消えるまで、紺色のカーテンを閉めずにひたすら勉強する。そして、互いの箱の中で睡眠という行為を共有する。  彼は自分の夢をかなえるために今、オートレーサーの候補生として懸命に頑張っている。私は私の道を進んで行くためにも、いつまでもいじけているわけにはいかない。頑張る時間を共有する。遠く離れてはいるけれど、私は私の箱の中で、彼は養成所という箱の中で、その時間を共有する。私たちはつながっている。同じ時間軸上に存在し、図書室にあった『空を泳ぐ』を読み合った仲なのだから。  養成所を卒業し、オートレーサーとしてデビューすることが、とりあえずの彼の目標であるのならば、とりあえずの私の目標は大学に合格することだ。私たちはそれぞれの目標を達成するために、それぞれの道を前に進んで行く。これが私の出した答えだった。    
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