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レンガ色のマンションの箱に戻ってきた彼の気配を左肩に感じながら、来る日も来る日も勉強机に向かっているうちに、セミの鳴く季節がやってきて、学校は夏休みに入っていた。
彼のデビュー戦が明日に迫っていた。土曜日の今日、彼は既にレース場入りしていて、レンガ色の箱の中にはいない。
レースが始まる前日は「前検日」と呼ばれ、選手は基本的にその日の午後1時までにレース場入りしなければいけない決まりになっているらしく、彼は午前7時半頃、早々に出かけて行った。彼が配属された大井オートレース場は歩いて3分もかからない距離にあるのに、ずいぶんと早く家を出て行ったのは、新人だからなのか、念には念を入れてのことなのか、私には知る由もなかったが、いずれにしても、彼はもうレンガ色の箱の中にはいない。
塾の夏期講習中もそうだったが、今日ばかりは明日のことが気になって、机に向かってもどうしても勉強に身が入らなかった。もちろん、彼の初レースはネット中継ではなく、本場に足を運び生の姿を観戦するつもりでいた。もしそうなれば、オートレース場へ足を踏み入れるのは、小学5年のあの春以来のことだ。
私はどきどきしていた。まるで、自分がこれからレースに出るかのごとく、緊張している。明日に本番レースを控えている彼は、いったいどんな心境なのだろう。難関と言われる大城高校に合格したにもかかわらず大学への進学を希望せず、自分の進むべき道を早々に決め、そのために必要なトレーニングを積み、合格を勝ち取ると躊躇なく高校を中退し、9ヶ月間、みっちり訓練を重ねてきた身であっても、やはり初レースともなれば緊張するものなのだろうか――
情けない私を見て、レモンティーを差し出してくれた優しい彼が、本当に明日、あの過酷な闘いを繰り広げる選手のひとりとして存在するのだろうか――
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